病気は、人生の転機になりうるのか ― 『病苦と自己変容の物語』を読むために

はじめに:病気になれば、人生は変わるのか
50歳のとき、私は尿管結石になりました。
幸い、尿管結石によって仕事ができなくなったわけでも、その後の生活が大きく立ち行かなくなったわけでもありません。
しかし、この出来事をきっかけに、私はそれまでの生活を見直さざるを得なくなりました。
それまでは、いわゆる「医者の不養生」と言われても仕方のないような生活をしており、仕事を優先し、健康についてはどこか後回しにしていました。
けれども、このまま同じような生活を続けていれば、尿管結石を繰り返すかもしれませんし、やがて別の生活習慣病が生じるかもしれないと考えるようになりました。
さらに考えていくと、健康を失えば仕事を続けることそのものが難しくなり、私が思い描いていた「生涯現役」という人生設計まで危うくなることに気づきました。
そこで私は、それまでの「仕事が第一で、健康は二の次」という考え方を見直し、仕事を続けていくためにも、健康を仕事と同じように大切にしようと考えるようになりました。
そして、その考え方が変わったことで、食事や運動、休養など、日々の生活習慣も少しずつ変えていくことができました。
振り返ってみると、私が変えたのは生活習慣だけではなく、その前に、何を大切にして生きるのかという人生の優先順位そのものだったのだと思います。
病気は、ときにこのような形で、それまでの生き方を問い直すきっかけになることがあります。
では、病気が人生の転機になるとき、私たちの中では何が起こっているのでしょうか。
生活は変わっても、生き方はそれほど簡単には変わらない
私たちの生活は、毎日少しずつ変化しています。
仕事の内容も、会う人も、その日の体調も、家族との出来事も、時間の使い方も、昨日と今日とでは同じではありません。
一方で、「自分は何を大切にして生きるのか」「何のために働くのか」「どのような人生を送りたいのか」といった人生の基本的な方向性は、日々の生活ほど簡単には変わりません。
日々の生活は変化していても、その奥には比較的持続している「生き方」があると考えることができます。
たとえば、仕事を大切にして生きている人であれば、職場や仕事の内容が変わっても、仕事を通して何かを成し遂げたいという方向性は持続するかもしれません。
家族を大切にしている人であれば、子どもの成長や家族構成の変化によって生活は変わっても、家族とともに生きようとする姿勢そのものは続いていくでしょう。
このように、生活は比較的変化しやすいのに対して、その人の人生の方向性や基本的な生き方は比較的持続しやすいと考えることができます。
では、変化しやすい生活と、持続しやすい生き方は、どのように結びついているのでしょうか。
生活と人生は、互いに影響し合っている
私たちは、自分が大切だと思っていることに合わせて、日々の時間や行動を選んでいます。
仕事を大切にしていれば仕事に多くの時間を使い、家族を大切にしていれば家族との時間を確保し、健康を大切にしていれば睡眠や食事、運動にも気を配るようになります。
つまり、何を大切にして生きるのかという人生の方向性が、日々の生活を形づくっています。
一方で、日々の生活の中で経験することが、それまでの生き方を問い直すこともあります。
仕事の中で感じた喜びや挫折、家族との関係、病気や喪失といった経験によって、「自分はこのままの生き方でよいのだろうか」と考えることがあります。
このように、人生の方向性が生活を形づくるだけでなく、生活の経験もまた人生の方向性に影響を与えています。
私は、このように二つのものが互いに影響し合いながら、一つのまとまりを保っている関係を「カップリング」と呼んでいます。
生活と人生もまた、互いに関係しながら、一つの安定したまとまりをつくっていると考えることができます。
人生の方向性が生活を導き、その生活の積み重ねが生き方を支えることで、私たちは毎日起こる小さな変化のたびに、人生そのものを作り直す必要はありません。
多少仕事が忙しくなったり、一時的に体調を崩したり、生活環境が変わったりしても、それまでの生き方をできるだけ保ちながら、新しい状況に対応することができます。
この安定性があるからこそ、日々の生活が変化しても、人生には一定の連続性が保たれるのでしょう。
それまでの生き方では対応できなくなるとき
しかし、ときには、それまでの生き方では対応することが難しいほど大きな変化が生活に起こることがあります。
病気や事故、失業、退職、死別、離婚、介護など、それまで当然のように続いていた生活を大きく変えざるを得ない出来事は、誰の人生にも起こりえます。
そのような変化が起こっても、最初のうちは、それまでの生き方を保ったまま、なんとか新しい状況に適応しようとすることが多いのではないでしょうか。
ところが、変化があまりにも大きかったり、長く続いたりすると、「これまでと同じようには生きられない」というところまで追い込まれることがあります。
仕事を何より大切にして生きてきた人が、病気によって仕事を続けられなくなれば、それは単に仕事ができないという生活上の問題だけではなく、「これから自分は何を大切にして生きるのか」という人生の問題にもつながっていきます。
家族のために生きることを何より大切にしてきた人が、大切な家族を失ったときにも、生活が変わるだけではなく、それまで自分を支えていた生きる方向そのものが揺らぐことがあります。
このようなとき、それまで安定していた生活と人生のカップリングに揺らぎが生じていると考えることができます。
それまでの結びつきでは新しい現実に十分対応できなくなり、これまでの生き方そのものが、あらためて問われることになります。
人生の転機とは、生活と人生の関係が再編されること
私たちは、病気や転職、退職などの大きな出来事を指して、「あの出来事が人生の転機だった」と振り返ることがあります。
しかし、大きな出来事が起こったからといって、必ず人生の基本的な方向性まで変わるわけではありません。
それまでの生き方を保ったまま新しい状況に適応できれば、生活は変わっても、生き方そのものは大きく変わらないこともあります。
反対に、一見それほど大きな出来事ではなくても、それをきっかけに「これまでと同じ生き方を続けてよいのだろうか」と考え始め、人生の優先順位が変わることもあります。
そう考えると、人生の転機とは、生活に大きな出来事が起こることそのものではなく、その出来事をきっかけとして、生活と人生の結びつきが新しい形に組み替えられることなのかもしれません。
これまで何を大切にしてきたのかを問い直し、これから何を大切にして生きるのかを考え、その新しい生き方に合わせて日々の生活を組み直していくのです。
私自身の尿管結石を振り返ってみても、病気そのものが私の人生を変えたというより、それをきっかけに「仕事を続けたいのであれば、健康を後回しにしてはいけない」と人生の優先順位を見直したことの方が大きかったように思います。
そして、人生の方向性が変わったからこそ、それまでなかなか変えられなかった生活習慣も、少しずつ変えていくことができました。
人生が生活を方向づけ、生活の経験が人生を問い直し、その関係が新しく組み替えられていくところに、人生の転機があるのではないでしょうか。
『病苦と自己変容の物語』で描きたかったこと
今回、私は『病苦と自己変容の物語』という一つの物語を書きました。
この物語で描きたかったのは、病気になった人が治療によって回復していく過程だけではありません。
主人公のAさんは、それまで仕事をし、家庭をもち、自分なりの人生を歩んでいました。
日々の生活にはさまざまな出来事がありながらも、その奥には「自分はこのように生きていく」という比較的安定した人生の方向性があり、生活と人生はそれなりにうまく結びついていました。
ところが病気によって、それまで当たり前にできていたことができなくなり、仕事も生活も大きく揺らいでいきます。
そして、その揺らぎはやがて、「どうすれば以前の生活に戻れるのか」という問題だけではなく、「私はこれから、どのように生きていくのか」という問いへと広がっていきます。
Aさんは、以前の生活に戻ることだけを目指すのではなく、自分にとって何が大切なのかを問い直しながら、新しい生き方を少しずつ探していきます。
私は、その過程を「自己変容」として描きました。
自己変容とは、別の人間になることではない
「自己変容」という言葉を聞くと、自分を大きく変えることや、まったく別の人間になることを想像するかもしれません。
しかし、ここでいう自己変容は、これまでの自分を否定したり、それまでの人生を捨てたりすることではありません。
新しく直面した現実の中で、「これから何を大切にして生きるのか」を問い直し、その新しい生き方に合わせて生活を組み直していくことです。
その意味では、自己変容とは劇的な変身ではなく、生活と人生のカップリングが新しい形へと変容していく過程だと考えることができます。
病気は、人生を見直すチャンスになりうる
ここで、もう一度「病気が人生の転機になる」ということについて考えてみたいと思います。
もちろん、病気そのものをよい出来事だと考える必要はありませんし、病気になったからといって、そこから何かを学んだり、自分を成長させたりしなければならないわけでもありません。
病気は苦しいものであり、できることなら経験せずに済む方がよいことも少なくありません。
それでも、病気によって、それまで当たり前だと思っていた生活が続けられなくなったとき、それまで見えなかった自分の生き方が見えてくることがあります。
何を優先してきたのか、何を後回しにしてきたのか、本当は何を大切にしたかったのかということを、あらためて考えるようになるからです。
私自身も、尿管結石にならなければ、「仕事が第一で、健康は二の次」という自分の生き方を、その時点で見直すことはなかったかもしれません。
病気そのものが人生を変えるわけではありませんが、病気によって生まれた揺らぎをきっかけに、それまでの生き方を問い直し、これから何を大切にして生きるのかを考えることはできます。
そして、その新しい生き方に合わせて生活を組み直すことができたとき、病気という苦しい経験が、結果として人生の転機になることがあります。
その意味では、病気は苦しい出来事であっても、これからの人生をよりよく生きるためのチャンスになりうるのではないでしょうか。
おわりに:これまでと同じようには生きられないとき
人生を振り返ると、「あのときから、自分の生き方が少し変わった」と思える出来事が、一つや二つはあるのではないでしょうか。
それは病気かもしれませんし、仕事の変化かもしれませんし、大切な人との出会いや別れかもしれません。
その出来事によって生活が変わっただけではなく、「何を大切にして生きるのか」という人生の方向まで変わっていたとすれば、そこでは生活と人生の関係そのものが新しく組み直されていたのかもしれません。
『病苦と自己変容の物語』は、一人の人間が病気によってそれまでの生活と人生の結びつきを失いかけ、その揺らぎの中から、新しい生き方を少しずつ見つけていく物語です。
Aさんの物語をたどりながら、ご自身の人生の中にも、生活と生き方の関係が大きく変わった時期がなかったかを、静かに振り返っていただければと思います。

