健康は、Life全体を通して生成する ― 生存・生活・人生から考えるwell-being

はじめに:人間が生きることは、身体だけでは捉えられない

これまでの二つの記事では、健康がどのように生成するのかを考えるために、まず生命そのものまで遡りました。

第一記事では、生命が変化に応答し、自らを調整・修復・再編しながら生き続けることを、「生成」と捉えました。

生成とは、生命が自らをつくり直しながら、生き続けることである。

第二記事では、構造が働きを支え、働きが構造をつくり直す循環が、生命の生成と、その過程における身体の健康生成を支えていることを見ました。

しかし、人間が生きるということは、身体の生命活動が続くことだけではありません。

本記事では、身体的な生存、日々の生活、自らの人生を含む、人間が生きる営み全体を「Life」と呼びます。

そして、生存・生活・人生にわたり、その人がその時の条件の中でよりよく生きられている状態を、well-beingと呼ぶことにします。

例えば、仕事を優先し、忙しい毎日を送ってきたAさんが、体調を大きく崩して休職したとします。

Aさんの身体には、治療や休養が必要です。

けれども、変化するのは身体だけではありません。

仕事へ行かなくなれば、一日の過ごし方が変わります。

家庭での役割や職場との関係も変わります。

さらに、働けなくなった自分を前にして、

「仕事をしていない自分に価値はあるのか」
「これから何を大切にして生きていけばよいのか」

と考えることもあります。

病気は、身体だけでなく、暮らしや人との関係、自分についての理解、これからの生き方にまで及ぶ出来事になります。

人間の健康がどのように生成するのかを考えるためには、身体だけでなく、生活と人生を含むLife全体へ視野を広げる必要があります。

では、身体の健康生成に支えられながら、生存・生活・人生からなるLife全体に、well-beingはどのように生成するのでしょうか。

人間は、生存・生活・人生を生きている

人間のLifeは、生存・生活・人生という三つの層から捉えることができます。

生存とは、身体の構造と働きを変化に応じて調整しながら、生命活動を続けることです。

私たちは、呼吸し、食べ、身体を動かし、変化に応じて内部の状態を調節しながら生きています。

生活とは、人との関係や社会的な役割の中で、日々の暮らしを営むことです。

食事をする、働く、休む、家族と過ごす、人と関わるといった日常の営みが、生活を形づくっています。

人生とは、自らの経験を受け取り、その意味を見いだし、ときに捉え直しながら、自分の生き方として未来へ進むことです。

私たちは、起きた出来事をただ通過するだけではありません。

その出来事が自分にとってどのような経験だったのかを捉え、何を大切にするのかを考えながら生きています。

ただし、生存・生活・人生は、別々に存在する三つの領域ではありません。

身体をもつ一人の人間が、人との関係や社会の中で暮らし、そこで起きたことを自らの人生として生きています。

三つの層は、一つのLifeを異なる側面から見たものです。

これまでの二つの記事で見てきた生命の生成と身体の健康生成は、この三層のうち、主として生存の層に関わる過程でした。

身体の健康生成は、人間が生活を営み、人生を生きることを身体の側から支えています。

しかし、それだけでLife全体のwell-beingが成立するわけではありません。

ここから、生成の見方を生活と人生へ広げていきます。

三つの層には、共通する特徴があります。

どの層も、完成した状態がそのまま維持されているのではありません。

それまでにつくられてきたものを受け継ぎながら、変化に応じてつくり直されています。

人間は、生存・生活・人生のそれぞれにおいて、それまでにつくられてきたものを受け継ぎ、変化に応じてつくり直すことで、変化の中でも生き続けています。。

では、それぞれの層では、何が受け継がれ、何がつくり直されているのでしょうか。

生存では、身体の構造と働きがつくり直される

生存の層でつくり直されているのは、身体です。

身体は、外界から物質とエネルギーを取り入れ、不要になったものを排出しています。

身体を構成する物質も、絶えず合成され、分解され、入れ替わっています。

それでも一つの身体として生き続けられるのは、構造と働きが互いを支えながら、生命としてのまとまりをつくり直しているからです。

身体は、変化が起こるたびに、元の状態へ戻るわけではありません。

変化が一時的であれば、働き方を調節することで、それまでの状態を保とうとします。

しかし、それまでの状態では対応できない変化が続けば、構造や働き方そのものを変えることもあります。

体調を崩して休職したAさんの身体にも、大きな変化が起きています。

それまでのように活動することが難しくなり、治療と休養が必要になります。

身体は、治療や休養、栄養などに支えられながら、損なわれた状態を修復し、新しい条件へ適応しようとします。

しかし、回復とは、必ずしも病気になる前と同じ身体へ戻ることではありません。

体力や機能に変化が残ることもあります。

その場合には、変化した身体の条件に応じて、活動と休息の新しい釣り合いをつくる必要があります。

生存の生成とは、身体が変化に応答し、構造と働きを調整・修復・再編しながら、生命活動を次へつなぐことです。

そして、その生成過程が身体のまとまりと生きる力を支え、次の営みを可能にするとき、身体の健康も生成しています。

けれども、身体の状態が変われば、それまでと同じように働き、暮らし、人と関わることは難しくなります。

生存の変化は、生活の変化を引き起こします。

生活では、暮らしと関係がつくり直される

私たちの生活にも、ある程度保たれている形があります。

起きる時間、食事をする時間、仕事や家事の進め方、家族との過ごし方。

日々繰り返される習慣や役割、人との関係によって、暮らしの連続性がつくられています。

しかし、生活も固定されているわけではありません。

身体の状態、家族構成、仕事、経済状況、周囲との関係などが変われば、それまでの暮らし方を続けられなくなることがあります。

休職したAさんは、それまで毎朝決まった時間に家を出て、仕事を中心に一日を過ごしていました。

ところが、休職によって、その生活の流れが失われます。

職場で担ってきた役割を果たせなくなり、家庭で過ごす時間が増えます。

収入や復職への不安も生まれます。

治療によって身体が回復しても、以前と同じ生活へそのまま戻れば、再び無理を重ねるかもしれません。

そこでAさんには、現在の身体の状態に合う暮らしをつくることが必要になります。

復職後の勤務時間を短くする。
仕事を一人で抱え込まず、周囲に任せる。
休息を、余った時間に取るものではなく、あらかじめ生活の中に組み込む。
家族とも、それぞれの役割や時間の使い方を話し合う。

このようにして、習慣、役割、関係、生活環境が組み替えられていきます。

生活の生成とは、以前の暮らしをそのまま取り戻すことではありません。

生活の生成とは、身体的・社会的条件の変化に応じて、習慣、役割、関係、生活環境を組み替えながら、日々の営みを次へつなぐことです。

しかし、生活を変えることは、時間の使い方や役割分担を変えるだけでは終わりません。

それまで何を大切にして生きてきたのかという、人生の問いを呼び起こします。

人生では、経験の意味と生き方がつくり直される

Aさんは、仕事を休まなければならなくなったとき、身体のつらさだけでなく、自分の存在そのものが揺らぐように感じました。

「仕事をしていない自分には価値がないのではないか」

「周囲の期待に応えられなければ、自分は必要とされないのではないか」

そのような思いが浮かびます。

Aさんはこれまで、責任を果たすことや成果を上げることと、自分の価値を強く結びつけてきました。

だからこそ、働けなくなったことは、生活上の問題にとどまりませんでした。

自分は何者なのか、何のために生きているのかという、人生の問題になったのです。

けれども、療養生活の中で、Aさんはこれまでとは異なる経験をします。

家族とゆっくり話す時間が生まれる。

職場の人から、仕事のことは心配せずに休んでほしいと言われる。

自分が支える側であるだけでなく、人に支えられて生きていることに気づく。

そのような経験を重ねる中で、Aさんは、仕事だけが自分の人生を成り立たせていたのではないと考えるようになります。

問いも少しずつ変わっていきます。

「以前と同じように働くには、どうすればよいか」

という問いから、

「これから、何を大切にして生きたいのか」

という問いへ変わっていきます。

起きた出来事を変えることはできません。

しかし、その出来事を自らの人生の中でどのように受け取り、どのような意味を見いだすかは、変わることがあります。

それは、病気を安易に肯定することでも、つらい出来事を無理に前向きに解釈することでもありません。

病気によって失ったものや生じた苦しみを抱えながら、それでも、これからどのように生きるのかを考え直すことです。

人生の生成とは、出来事を自らの経験として受け取り、その意味、自己理解、価値、未来の方向を捉え直しながら、自分の人生を次へ開いていくことです。

身体の変化は生活を変え、生活の変化は人生の意味を問い直します。

そして、人生における意味や価値の捉え直しが日々の選択を変え、その選択を通して生活がつくり直されていきます。

三層は、互いに影響しながらLifeをつくり直す

生存・生活・人生の生成は、別々に進むのではありません。

Aさんの身体に起きた変化は、それまでの生活を続けることを難しくしました。

生活が変わったことで、仕事を中心につくられていた自己理解が揺らぎます。

その揺らぎを通して、大切にしたいものを捉え直したことが、働き方や暮らし方を選び直すことにつながりました。

そして、つくり直された生活が、身体の回復や安定を支えるようになります。

身体の変化が、生活を変える。

生活の変化が、人生を問い直す。

意味や価値の捉え直しが、生活の選択を変える。

つくり直された生活が、再び身体を支える。

ここには、生存から生活へ、生活から人生へ、そして人生から生活を通して再び生存へと戻る循環があります。

ただし、変化はいつもこの順序で起こるわけではありません。

職場や家庭での葛藤が、睡眠や食欲、身体の働きに影響することもあります。

自分の生きる意味を見失うことで、生活のリズムが崩れることもあります。

反対に、新しい役割や人との出会いが人生の意味を変え、その変化が生活や身体を支えることもあります。

三つの層の間には、一方向の因果関係ではなく、互いに変化を与え、受け取る関係があります。

生存・生活・人生の一つに起きた変化は、ほかの層にも影響します。

その影響が行き来する中で、人間のLife全体がつくり直されていくのです。

しかし、三層が変化し、Lifeがつくり直されているだけで、その人がwell-beingにあるとは限りません。

Lifeの生成が、well-beingにつながるとは限らない

「生成」という言葉には、何かが良い方向へ進む印象があるかもしれません。

しかし、変化に応じてつくられた暮らし方や自分の捉え方が、かえって健康を損なうこともあります。

Aさんは、体調を崩す前から疲労を感じていました。

それでも、

「自分が休むわけにはいかない」
「人に任せるのは無責任だ」
「期待に応え続けなければ、自分には価値がない」

と考え、働き続けていました。

身体は、繰り返される無理に対応しようとします。
生活は、仕事を最優先する形に組み立てられていきます。
人生では、仕事上の成果や周囲の評価と、自分の価値が強く結びついていきます。

これもまた、Aさんの身体、暮らし、自分の捉え方が互いに影響しながら形づくった、一つの生き方でした。

しかし、その生き方は、身体を消耗させ、生活から休息や家族との時間を失わせ、人生の可能性を仕事という一つの役割に閉じ込めていました。

人は、周囲の状況に適応しながら生き続けていても、その適応によって、さらに消耗することがあります。

日々の暮らしを維持できていても、そのために身体や人生が犠牲になっていることもあります。

変化しながら生き続けていることと、その人がよりよく生きられていることは、同じではありません。

Lifeの生成とは、生存・生活・人生において、それまでにつくられてきたものを受け継ぎ、変化に応じてつくり直しながら、生き続ける過程です。

しかし、Lifeの生成が、すべて健康生成になるわけではありません。

その過程が、Life全体のまとまりと生きる力を支え、次の営みや生き方を可能にし、well-beingへ開かれていくとき、それを健康生成と呼びます。

そして、その健康生成を通して、その人がよりよく生きられている状態として、well-beingがそのつど生まれます。

健康生成を通して、well-beingが生まれる

人間のwell-beingは、身体の状態だけで決まるものではありません。

病気が治っていても、無理を重ねる生活が変わらず、自分の価値を一つの役割だけに結びつけていれば、Life全体は再び揺らぐ可能性があります。

反対に、身体に病気や機能の制約が残っていても、それに応じて生活を組み替え、自らの経験の意味を捉え直し、新しい生き方へ進むことはできます。

健康生成を考えるうえで重要になるのが、Life全体の「まとまり」と「生きる力」です。

ここでいうまとまりとは、生存・生活・人生の三層が、矛盾なく一つにそろうことではありません。

身体、暮らし、人生の間にずれや葛藤が生じても、一つの層の変化をほかの層が受け取り、その関係を調整し直せることです。

また、ここでいう生きる力は、身体の生命活動を保つ力だけではありません。

日々の暮らしを営み、人と関わりながら、自らの人生を次の可能性へ開いていく力まで含んでいます。

健康生成とは、生存・生活・人生の三層が互いの変化を受け取り、その関係を調整・再編しながら、Life全体のまとまりと生きる力を支え、well-beingへ開かれていく過程です。

well-beingとは、すべてが満たされた完成状態ではありません。

病気や制約を含むその時の条件の中で、生存・生活・人生がつながり、その人がよりよく生きられている状態です。

健康生成とは、三つの層をすべて理想的な状態にすることではありません。

また、病気が治り、以前の状態へ完全に戻ることだけでもありません。

身体の回復が不十分なときには、仕事や家事を減らし、休息を増やすことで身体を支えることがあります。

生活上の制約をすぐに変えられないときには、周囲に助けを求めることで、Life全体の負担を減らせることがあります。

病気や喪失によって以前と同じ生き方へ戻れないときには、その経験を含んだ新しい生き方を探すことができます。

Aさんの身体は、すぐに以前と同じ状態へ戻ったわけではありません。

それでも、身体の限界を受け止め、働き方と暮らし方を変え、自分の価値を仕事だけに結びつけない生き方を探し始めました。

変化した身体を含めて暮らしを組み替え、大切にしたいものを捉え直すことで、生存・生活・人生が新しい形でつながり始めたのです。

すべてが元に戻っていなくても、その時の条件の中で、無理を重ねず、自分が大切にしたいことを大切にしながら生きられるようになる。

そこに、Aさんにとってのwell-beingが生まれ始めています。

人生における意味や価値の変化が、直接病気を治すわけではありません。

しかし、大切にしたいものが変われば、日々の選択が変わります。

生活が変われば、その生活が治療や休養を支え、身体の回復や適応を支えることがあります。

三つの層が新しい状況に合うように整え直されることで、人は再び日々の生活を営み、自分の人生を歩んでいけるようになります。

そこに、人間における健康生成があります。

健康生成とは、すべてを元に戻すことではありません。

変化した条件の中で生存・生活・人生をつなぎ直し、その人がよりよく生きられるLifeへ開いていくことです。

その健康生成の過程を通して、well-beingはそのつど生まれます。

おわりに:身体・暮らし・生き方をつなぎ直す

この三回の記事では、「健康はどのように生成するのか」という問いを考えてきました。

その答えを求めて、第一記事では生命そのものまで遡り、生命が変化に応答し、自らをつくり直しながら生き続けることを「生成」と捉えました。

そして、その生命の生成の中で身体の健康が生成することを考えました。

第二記事では、構造が働きを支え、働きが構造をつくり直す循環が、生命の生成と身体の健康生成を支える仕組みであることを見ました。

そして今回は、その視野を身体から、生存・生活・人生からなるLife全体へ広げました。

人間は、身体的に生存しているだけではありません。

人との関係や社会的な役割の中で生活し、そこで起きたことを自らの人生として生きています。

生存では身体が、生活では暮らしと関係が、人生では経験の意味と生き方がつくり直されます。

健康生成とは、生命の生成を基盤として、生存・生活・人生の関係を調整・再編しながら、Life全体をwell-beingへ開いていく過程です。

well-beingとは、すべてが整った完成状態ではありません。変化や制約を抱えながらも、その時の条件の中で、よりよく生きられている状態です。

身体に支えられながら暮らしを営み、経験の意味を捉え直し、三層の関係をつなぎ直していく。その健康生成の過程を通して、人間のLifeにwell-beingがそのつど生まれるのです。

 

「健康はどのように生成するのか」を考える3回の記事

この3回の記事では、健康がどのように生成するのかを、生命そのものから身体へ、さらに人間のLife全体へと視野を広げながら考えてきました。

第一記事から順にお読みいただくと、生命の生成、身体の健康生成、そして生存・生活・人生を通したwell-beingまで、一連の流れをたどることができます。

・第一記事 生命は、なぜ変わりながら続いていくのか ― 持続と変化から考える健康の生成

・第二記事 生命は、どのように自らを保つのか ― 構造と働きから考える身体の健康生成

・第三記事(今回) 健康は、Life全体を通して生成する ― 生存・生活・人生から考えるwell-being

\ 最新情報をチェック /

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です