頭に浮かぶ考えに、従わなくてもよい ― 思考選択の自由とは

はじめに:考えたくないのに、考えてしまう
過去の失敗を何度も思い出してしまう。
まだ起きていないことを心配し続ける。
人から言われた一言が、いつまでも頭から離れない。
そんな経験はないでしょうか。
考えても仕方がないと分かっているのに、考えることをやめられない。
そこで、「もう考えないようにしよう」と思っても、かえってその考えが浮かんでくることがあります。
では、私たちは頭に浮かんだ考えに、振り回されるしかないのでしょうか。
実は、ここには大切な区別があります。
頭に考えが浮かぶことと、その考えを使うことは、同じではありません。
私たちは、浮かんできた思考のすべてに従う必要はありません。
今回は、さまざまな思考の中から、自分にとって役に立つものを選んで使う「思考選択の自由」について考えてみたいと思います。
思考は、自然に浮かんでくる
私たちは、自分で考えようとして考えることもあれば、考えるつもりがなくても、さまざまな思考が自然に浮かんでくることもあります。
例えば、以前に失敗した経験があると、似た状況に遭遇したとき、「また失敗するかもしれない」という考えが浮かぶことがあります。
このような思考は、過去の経験や記憶だけでなく、現在の状況、感情、身体の状態などにも影響されて生まれます。
しかも、浮かんできた考えを、自分の意志で簡単に消せるわけではありません。
心理学には、「思考抑制の逆説的効果」という現象があります。
あることを考えないように努力すると、かえってその考えが浮かびやすくなる場合があるのです。
例えば、「白い熊のことを考えないでください」と言われると、かえって白い熊が頭に浮かんでしまうことがあります。
つまり、思考が浮かぶこと自体を、完全にコントロールするのは難しいのです。
しかし、私たちの頭に浮かぶのは、困った考えばかりではありません。
これまでの経験や学習をもとに、問題を解決するための考え、新しい可能性に気づくための考えなど、さまざまな思考も生まれています。
私たちの頭の中では、自分の意志とは関係なく、多様な思考が生まれることがあるのです。
思考にとらわれると、ほかの可能性が見えなくなる
例えば、新しい仕事を任されたとき、「自分には無理だ」という考えが浮かんだとします。
その考えに注意が向くと、
「以前も失敗した」
「今回もうまくいかないだろう」
「やっても無駄かもしれない」
と、次々に同じ方向の考えが浮かんでくることがあります。
そして、考えれば考えるほど、「自分には無理だ」という思いが強くなっていきます。
しかし、同じ状況でも、別の考えが浮かぶ可能性があります。
「以前とは状況が違うかもしれない」
「誰かに協力してもらえるかもしれない」
「まずはできることから始めればよい」
といった考えです。
ところが、「自分には無理だ」という思考に注意を奪われていると、そのような考えが浮かんでも、気づかずに見過ごしてしまうことがあります。
心理学では、頭に浮かんだ思考に強くとらわれ、その内容に判断や行動が左右されることを「認知的フュージョン」と呼びます。
このような状態では、一つの考えに注意が向き続け、ほかの可能性が見えにくくなることがあります。
もちろん、失敗を振り返ったり、危険を予測したりすることは、役に立つ場合もあります。
問題は、ある思考が浮かぶことではありません。
一つの思考にとらわれ、そのほかの思考に目を向けられなくなってしまうことなのです。
思考選択の自由とは、何を選ぶ自由なのか
私たちは、考えることによって状況を理解し、問題を解決し、行動を選んでいます。
その意味で、思考は、私たちが人生をつくるための大切な道具です。
しかし、頭に浮かんだ思考を、すべて使う必要はありません。
例えば、道具箱にさまざまな道具が入っていても、そのすべてを使うわけではありません。
目的に応じて、役に立つ道具を選んで使います。
思考も、同じように考えることができます。
頭に浮かんだ思考が、今の自分にとって役に立たなければ、無理に消そうとする必要はありません。
その思考を使わずに置いておくこともできます。
そして、ほかの思考が浮かんできたときには、それに目を向け、役に立つかどうかを見分けて選ぶことができます。
ここには、二つの自由があります。
一つは、思考に従わない自由です。
「自分には無理だ」という考えが浮かんでも、その考えに必ず従わなければならないわけではありません。
もう一つは、役に立つ思考を選んで使う自由です。
一つの思考にとらわれず、さまざまな思考の中から、今の自分に役立つものを見分け、選ぶことです。
この二つは、互いにつながっています。
一つの思考に従わずにいられれば、ほかの思考にも目を向ける余地が生まれます。
そして、その中から役に立つ思考を選ぶことで、行動の可能性も広がります。
もちろん、いつでも自由自在に思考を選べるわけではありません。
強い不安や疲労があるときには、選択が難しくなることもあります。
それでも、思考との関わり方を少しずつ変えていくことはできます。
思考選択の自由とは、頭に浮かぶ思考を完全に支配することではなく、その中から自分にとって役に立つものを選んで使う自由なのです。
自分にとって役に立つ思考を、どう見分けるのか
では、どのような思考を選べばよいのでしょうか。
ここで大切なのは、ポジティブな思考が役に立ち、ネガティブな思考が役に立たない、というわけではないことです。
例えば、「失敗するかもしれない」という考えは、慎重に準備するきっかけになるなら役に立ちます。
反対に、「絶対に大丈夫」という考えは、必要な準備を怠らせるなら、役に立たないこともあります。
思考が役に立つかどうかは、その内容だけでなく、置かれている状況や目的によって変わります。
そこで、思考を見分けるための三つの視点を紹介します。
第一に、現実を適切に捉えているか。
「以前失敗したから、今回も必ず失敗する」という考えは、過去の経験だけで未来を決めつけています。
一方、「以前は失敗したが、今回は状況が違うかもしれない」という考えは、別の可能性にも目を向けています。
第二に、自分にできることにつながるか。
「どうしてあんな失敗をしたのだろう」と振り返ることは、原因を理解するために役立ちます。
しかし、繰り返し考えても新しい発見がなく、苦しさだけが続くこともあります。
そんなとき、「これから自分にできることは何だろう」という考えが浮かべば、次の行動につながるかもしれません。
第三に、自分が大切にしていることにつながるか。
「失敗したくないから、挑戦しない」という考えは、失敗を避けるためには役に立つかもしれません。
しかし、自分が新しいことを学びたいと思っているなら、「失敗するかもしれないが、挑戦することで学べる」という考えの方が役に立つ場合があります。
この三つは、思考を厳密に評価するための条件ではありません。
自分にとって役に立ちそうな思考に気づいたとき、それを見分けるための目安です。
大切なのは、思考を単純に良い悪いで判断するのではなく、今の自分にとって、どのような働きをするのかという視点で見分けることです。
思考を選ぶ力は、どのように育つのか
思考選択の自由は、知識として理解するだけではなく、日常生活の中で練習することによって育てられます。
その練習を、四つの段階で考えてみましょう。
① 思考に気づく
まず、自分の頭にどのような考えが浮かんでいるかに気づきます。
例えば、「自分には無理だ」という考えが浮かんだとします。
そのとき、その考えの内容に入り込むのではなく、「今、自分は無理だと考えている」と気づきます。
これが、思考を選ぶための第一歩です。
② 思考との距離を取る
次に、その思考を事実そのものとして受け取るのではなく、一つの考えとして眺めます。
「自分には無理だ」
ではなく、
「自分には無理だ、という考えが浮かんでいる」
と捉えてみます。
こうすることで、思考との間に少し距離が生まれます。
大切なのは、その思考を否定したり、消そうとしたりしないことです。
一つの思考にとらわれず、ほかの思考にも目を向けられるようにすることが目的です。
③ 役に立つ思考を見つけ、選ぶ
ここが、思考選択の訓練の中心です。
私たちの頭には、さまざまな思考が次々と浮かんできます。
例えば、10個の思考のうち、9個が役に立たなかったとしても、残りの1個は役に立つかもしれません。
しかし、私たちは役に立たない思考にばかり注意を向け、その考えにとらわれてしまうことがあります。
すると、役に立つ思考が浮かんでいても、それを見落としてしまうことがあります。
だからといって、役に立つ思考を無理につくり出そうとする必要はありません。
私たちの脳は、これまでの経験や学習をもとに、さまざまな思考を生み出しています。
その働きを信頼し、自分の中から役に立つ考えが生まれてくる可能性に目を向けてみるのです。
ここで大切なのは、浮かんでくる思考をすぐに評価せず、まずはニュートラルな目で眺めることです。
「何か役に立つ考えが浮かんでいないだろうか」
そんな姿勢で、さまざまな思考に注意を向けてみます。
そして、役に立ちそうな思考に気づいたら、それを使うかどうか考えます。
現実に即しているか。
自分にできることにつながるか。
自分が大切にしていることにつながるか。
先ほどの三つの視点を目安にして、今の自分にとって役に立つ思考を選びます。
ここでは、自分の中から思考が生まれてくることを信頼して待つことと、生まれた思考を見分けて選ぶことを区別する必要があります。
待つとは、何もせずに答えが浮かぶのを期待することではありません。
一つの思考にとらわれず、ほかの思考にも目を向けられる状態でいることです。
すぐに役に立つ考えが見つからないこともあるでしょう。
そんなときには、無理に答えを出そうとせず、今は答えが見つからないと認めて、少し待ってみてもよいのです。
思考選択の訓練とは、役に立つ考えを無理につくり出すことではなく、自分の中から生まれてくる思考を信頼し、その中から役に立つものを見落とさずに選び取る力を育てることなのです。
④ 選んだ思考を使う
役に立つ思考を見つけたら、それを実際の行動に生かしてみます。
例えば、「全部は無理でも、一部ならできるかもしれない」という考えが浮かんだら、できるところから始めてみます。
そして、行動してみることで、新しい経験が生まれます。
その経験が、次に浮かぶ思考にも影響するかもしれません。
また、選んだ思考が、実際には役に立たなかったと分かることもあります。
そのときは、別の思考を選び直せばよいのです。
思考の選択は、一度で正解を見つけることではありません。
選び、使い、経験から学び、必要に応じて選び直す。
その繰り返しによって、思考を選ぶ力は少しずつ育っていきます。
おわりに:思考の主人として生きる
私たちは、頭に浮かぶ思考を、すべて自由に選べるわけではありません。
しかし、浮かんだ思考のすべてに従う必要もありません。
思考は、私たちが生きていくための大切な道具です。
役に立たない道具を、いつまでも握りしめている必要はありません。
思考の主人になるとは、思考を完全にコントロールすることではありません。
思考に振り回されるのではなく、思考を自分の人生に役立てていくことです。
私たちの頭には、さまざまな思考が浮かんできます。
その中には、今の自分に役に立つ思考もあるかもしれません。
自分の中から生まれてくる思考を信頼し、その中から役に立つものを見分け、選んで使う。
そのような経験を積み重ねることが、自分の人生を主体的につくっていくことにつながるのではないでしょうか。

