はじめに:正しい理由を説明しても、人は動かないことがある
養生支援の場では、支援する側には「変わった方がよい理由」が見えていることがあります。
血糖値を下げるため。
血圧を整えるため。
疲れにくい体をつくるため。
将来の病気を防ぐため。
薬をきちんと効かせるため。
どれも大切な理由です。
専門家として、きちんと伝える必要があることでもあります。
しかし、それを説明しても、相手はこう言うことがあります。
「分かっているんです。でも、今は無理なんです」
「運動した方がいいのは分かります。でも続かないんです」
「食事を変えた方がいいとは思っています。でも、どうしても戻ってしまいます」
「薬を飲んだ方がいいのは分かります。でも、ずっと飲むのは抵抗があります」
そのようなとき、支援者はさらに説明したくなります。
もっと危険性を伝えた方がよいのだろうか。
もっとメリットを説明した方がよいのだろうか。
もっと具体的な方法を示した方がよいのだろうか。
もちろん、正確な情報を伝えることは、養生支援において欠かせません。
けれども、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
変わる理由は、支援者が外から与えるものなのでしょうか。
それとも、その人の中から言葉になったときに、初めて力を持つものなのでしょうか。
支援者には、変わるべき理由が見えている
養生支援では、支援者には変化の理由が見えています。
このまま血糖値が高い状態が続くと、将来のリスクが高まる。
血圧を整えた方が、心臓や脳への負担が減る。
睡眠を改善すれば、疲労や気分にも影響が出る。
運動を始めれば、体力や代謝が変わる。
服薬を続ければ、症状や検査値が安定しやすくなる。
これらは、専門家として大切な見立てです。
ですから、本人の中から理由を引き出すと言っても、専門的な理由を伝えなくてよいということではありません。
リスクや効果を伝えることは必要です。
専門家として、見えていることを伝える責任があります。
ただし、支援者が見ている理由と、本人が自分の生活の中で感じられる理由は、同じとは限りません。
支援者にとっては、「血糖値を下げるため」が理由かもしれません。
しかしその人にとっては、「朝、だるさを感じることなく起きられる」ことの方が切実かもしれません。
支援者にとっては、「将来の病気を防ぐため」が理由かもしれません。
しかしその人にとっては、「孫と遊べる体でいたい」ことの方が心に近いかもしれません。
支援者にとっては、「薬を続けること」が大切かもしれません。
しかしその人にとっては、「薬に頼りきりになる不安」と向き合うことが必要かもしれません。
支援者の理由が正しくても、それがそのまま本人の理由になるとは限らないのです。
外から与えられた理由は、本人のものになりにくい
支援者は、相手のためを思って理由を説明します。
「将来のためです」
「悪くならないためです」
「体力を落とさないためです」
「家族のためにも必要です」
どれも間違いではありません。
しかし、本人の内側では、別の反応が起きていることがあります。
「それは分かっている」
「でも、今の生活では難しい」
「将来のことより、今日を何とかするので精一杯」
「家族のためと言われると、余計に苦しくなる」
「またできない自分を責められそうだ」
理由は、正しければ力を持つわけではありません。
正しい理由であっても、その人の生活や願いとつながっていなければ、本人の心には深く届きません。
頭では分かっていても、行動を支える力にはなりにくいのです。
人は、理由を理解しただけでは変わりません。
その理由が、自分の生活、価値、願いとつながったときに、変化へ向かう力が生まれます。
ここで大切なのは、支援者の理由を押しつけることではありません。
その人自身の中にある願いや意味が、少しずつ言葉になるように支えることです。
動機づけ面接では、この段階を「引き出す」と呼ぶ
動機づけ面接では、本人の中にある変化の理由や願いが言葉になるように支える過程を「引き出す」と呼びます。
「引き出す」と言うと、支援者がうまく質問して、相手から望ましい答えを取り出すことのように聞こえるかもしれません。
しかし、ここでいう「引き出す」は、相手を誘導することではありません。
支援者が望む答えを言わせることでもありません。
その人の中に、すでにあるものに耳を澄ませることです。
このままでは少し気になる。
本当はもう少し元気でいたい。
家族に心配をかけたくない。
朝は楽に起きたい。
仕事を続けるために体を整えたい。
前に少しできたことがある。
完全には無理でも、少しなら変えられるかもしれない。
こうした小さな言葉は、最初からはっきり出てくるとは限りません。
ときには、
「無理です」
「続かないです」
「分かっているけれどできません」
という言葉の奥に、変化の芽が隠れていることがあります。
引き出すとは、その芽を急いで育てようとすることではありません。
その人が自分の中にある理由や願いに少しずつ気づき、自分の言葉として受け取れるように聴くことです。
変化の芽は、抵抗の奥に隠れていることがある
たとえば、目の前の人がこう言ったとします。
「運動した方がいいのは分かっています。でも、今は無理です」
このとき支援者は、「無理です」の方に反応して説得したくなります。
「少しだけでもいいですよ」
「5分でも歩いてみましょう」
「最初から完璧を目指さなくていいです」
それらは、間違った言葉ではありません。
実際に役立つ提案になることもあります。
しかし、この言葉の中には、もう一つ大切な部分があります。
「運動した方がいいのは分かっています」
という言葉です。
ここには、変化に向かう小さな言葉が含まれています。
その人の中には、まったく変わる気持ちがないわけではありません。
同じように、
「薬を飲んだ方がいいのは分かっています。でも、ずっと飲むのは抵抗があります」
という言葉の中にも、二つの気持ちがあります。
必要性は分かっている。
けれども、不安がある。
支援者がすぐに説得すると、不安や抵抗の方だけが強くなることがあります。
しかし、丁寧に聴くと、抵抗の奥にある願いや価値が見えてくることがあります。
変化に向かう言葉は、いつもはっきりした決意として出てくるわけではありません。
「このままでは少し気になる」
「本当はもう少し元気でいたい」
「できるなら変えたい」
「前に少しできたことがある」
そのような小さな言葉の中に、変化の芽があります。
抵抗は、変化の反対側にあるものとは限りません。
変化の芽が、まだ安心して言葉になれない状態なのかもしれません。
変わる理由は、その人の価値とつながったときに力を持つ
養生支援では、変わる理由はしばしば医学的な言葉で語られます。
血圧を下げるため。
血糖値を整えるため。
体重を減らすため。
合併症を防ぐため。
服薬を継続するため。
それらは大切です。
しかし、その人が本当に動き始める理由は、もっと生活や人生に近いところにあることがあります。
朝、気持ちよく起きたい。
孫と一緒に歩きたい。
好きな仕事を続けたい。
旅行に行ける体力を保ちたい。
家族に心配をかけたくない。
自分の体をもう少し大切にしたい。
このような言葉は、単なる目標ではありません。
その人が何を大切にして生きているのかを示しています。
養生を「生を養うこと」として考えるなら、変化の理由は、単に健康によいからというだけでは十分ではありません。
その人がどのように生きたいのかと、どこかでつながっていく必要があります。
だから、引き出すとは、行動の理由を探すことにとどまりません。
その人にとって、何のために健康を整えるのか。
何を大切にするために、生活を少し変えたいのか。
そこが言葉になるように支えることです。
変化の言葉を聴くための問い
では、実際の対話では、どのように本人の中にある理由を聴いていけばよいのでしょうか。
ここでは、変化に向かう言葉を聴くための問いを取り上げます。
動機づけ面接では、本人の中から出てくる変化に向かう言葉を大切にします。
たとえば、
「少しならできるかもしれない」
「本当は元気でいたい」
「このままでは少し気になる」
「前にやっていたときは調子がよかった」
といった言葉です。
そのような言葉が出やすくなる問いとして、次のようなものがあります。
変わるとしたら、何のために変わりたいと思いますか。
今のまま続くと、少し気になることはありますか。
これまでに、少しでもうまくいったことはありますか。
もし少し楽になるとしたら、生活のどこが変わりそうですか。
何が整うと、もう少し自分らしく過ごせそうですか。
これらは、支援者が欲しい答えを言わせるための質問ではありません。
その人が、自分の内側を少し見つめ直すための問いです。
自分は何を気にしているのか。
本当はどうなりたいのか。
何なら少し動かせそうなのか。
何が整うと、自分らしく過ごせそうなのか。
そうしたことが、少しずつ言葉になるように支える問いです。
そのため、質問をしたあとには、すぐに助言を重ねないことも大切です。
沈黙が生まれることがあります。
相手が考え込むこともあります。
すぐには答えが出ないこともあります。
その時間の中で、その人は自分の内側を探しています。
もし少しでも変化に向かう言葉が出てきたら、それを丁寧に受け取ります。
「少しならできるかもしれないのですね」
「朝を楽にしたい気持ちがあるのですね」
「家族と歩ける体でいたいという思いがあるのですね」
このように返すことで、その人は自分の言葉をもう一度聴き直すことができます。
変化の言葉を聴くとは、相手を急がせることではありません。
その人の中にある小さな理由が、安心して言葉になれるようにすることです。
引き出すとは、言わせることではない
ここで、気をつけたいことがあります。
「引き出す」という言葉には、少し危うさがあります。
支援者が巧みに質問して、相手を望ましい方向へ誘導する。
相手に自分で言わせることで、結果的にこちらの目標へ動かす。
そう受け取られると、動機づけ面接は操作的な技法になってしまいます。
しかし、本来の「引き出す」は、相手を操作することではありません。
その人の中にない理由を作り出すことでもありません。
支援者が正解を隠しておいて、相手に言わせることでもありません。
むしろ、支援者が一度、自分の「変わってほしい」という思いを脇に置き、相手の中で何が起きているのかを聴くことです。
引き出すとは、支援者の答えを相手の口から言わせることではありません。
その人の中にある願い、迷い、不安、価値が、その人の言葉として現れてくるのを支えることです。
ここを取り違えると、対話は表面上やわらかく見えても、内側では押しつけに近づいてしまいます。
変化は、巧みに言わせることで生まれるのではありません。
その人の中にあったものが、安心して言葉になったときに、少しずつ動き始めるのです。
願いや価値が言葉になると、変化は本人のものになり始める
その人が自分の言葉で、こう語り始めることがあります。
「朝を少し楽にしたい」
「疲れにくい体にしたい」
「家族と出かけられるようにしたい」
「仕事を続けるために、体を整えたい」
「薬を飲むことへの不安もあるけれど、体を守りたい気持ちもある」
このような言葉が出てきたとき、変化は少し本人のものになり始めています。
もちろん、それだけですぐに行動が変わるわけではありません。
生活の現実があり、疲れや不安もあり、計画や環境の調整も必要です。
しかし、理由が本人の言葉になると、その後の一歩は押しつけではなくなります。
支援者が「こうしてください」と言う前に、その人の中に、
「少しなら始めてみてもよいかもしれない」
「まずここからなら考えられるかもしれない」
という動きが生まれます。
理由が外から与えられているあいだ、変化はどこか他人のものです。
しかし、その理由が本人の願いや価値とつながると、変化は少しずつ自分のものになっていきます。
ここに、引き出すことの意味があります。
おわりに:変わる理由は、本人の中から言葉になる
支援者には、変わった方がよい理由が見えています。
その理由を伝えることは大切です。
専門的な情報を避ける必要はありません。
けれども、その理由が本人の生活や願いとつながらなければ、変化は本人のものになりにくいものです。
人は、正しい理由を説明されただけでは、なかなか変われません。
けれども、自分の中にあった願いや価値を、自分の言葉として聴き直したとき、変化は少しずつ本人のものになっていきます。
変わる理由は、外から与えられるものではありません。
本人の中から、少しずつ言葉になっていくものなのだと思います。
補足:この記事に関連する動機づけ面接の言葉
引き出す
動機づけ面接の4つのプロセスの一つです。
本人の中にある変化の理由や願いが、対話の中で言葉になるように支える段階です。
チェンジトーク
変化に向かう本人の言葉です。
「少しならできるかもしれない」「本当は元気でいたい」「このままでは少し気になる」などが含まれます。
維持トーク
現状を維持しようとする本人の言葉です。
「今は無理です」「変える必要はないと思います」「どうせ続きません」などが含まれます。
開かれた質問
「はい」「いいえ」だけで終わらず、本人が自分の思いや考えを言葉にしやすい質問です。
本人の中にある理由や願いを聴くために役立ちます。
次回へ
次回は、動機づけ面接の四つ目のプロセスである「計画する」について考えます。
変わる理由が少し見えてきたとき、次に大切になるのは、それを無理のない現実の一歩へつなげることです。
計画とは、正しい行動を押しつけることではなく、本人の価値と生活の現実を橋渡しすることなのだと思います。



