変化は、説得ではなく、関係から始まる ― 動機づけ面接における「関わる」

はじめに:正しい助言をしているのに、相手が動かない
養生支援の場では、正しいことを伝えているのに、相手がなかなか動かないという場面があります。
「少し運動してみましょう」
「食事を見直してみましょう」
「睡眠を整えてみましょう」
支援する側としては、相手のためを思って伝えています。
その助言は、医学的にも生活習慣の改善としても、決して間違っているわけではありません。
相手も、その場では「そうですね」「分かりました」と答えてくれる。
けれども、次に会ったとき、生活はあまり変わっていない。
運動は始まっていない。
食事も大きく変わっていない。
睡眠も相変わらず乱れている。
そのようなとき、支援者はつい考えます。
もっと分かりやすく説明すればよかったのだろうか。
もう少し強く伝えた方がよかったのだろうか。
危機感を持ってもらう必要があるのだろうか。
もちろん、説明が必要な場面はあります。
正確な情報を伝えることも、専門家の大切な役割です。
しかし、ここで一度立ち止まって考えてみたいのです。
本当に足りなかったのは、説明の量だったのでしょうか。
あるいは、変化が生まれにくくなっていた理由は、別のところにあったのでしょうか。
助言が、相手には圧力として届くことがある
支援者は、相手の健康を守りたい、悪くなる前に整えてほしい、少しでも楽になってほしいという思いから助言します。
けれども、支援者の意図と、相手の受け取り方は必ずしも同じではありません。
支援者にとっては助言でも、相手には別の響き方をすることがあります。
「また注意された」
「できていない自分を責められている」
「そんなことは分かっている」
「でも、それができないから困っている」
「この人は、私の事情を分かっていない」
このように受け取られると、正しい助言であっても、相手の中では抵抗が生まれます。
表面的には「分かりました」と答えていても、心の中では少し距離を取っているかもしれません。
その場では納得したように見えても、自分の生活に戻ると、何も変わらないことがあります。
ここで大切なのは、助言そのものを否定することではありません。
助言も情報提供も必要です。
専門家として、伝えるべきことを伝えなければならない場面もあります。
問題は、助言そのものではなく、その助言がどのような関係の中で届いているかです。
相手がまだ自分の状況を十分に話せていない。
変えたい気持ちと、変えられない事情の両方を言葉にできていない。
支援者に分かってもらえているという感覚がない。
そのような状態で助言を受けると、人は自分を守ろうとします。
変化を促す言葉が、かえって変化を遠ざけてしまうことがあるのです。
関係とは、ただ仲がよいことではない
では、変化の前に必要な「関係」とは、どのようなものでしょうか。
それは、ただ仲がよいことではありません。
穏やかな雰囲気をつくることだけでもありません。
相手に好かれることでも、支援者が優しく振る舞うことだけでもありません。
ここでいう関係とは、その人が、変えたい気持ちだけでなく、変えられない理由も安心して語れる関係です。
「運動した方がよいとは思っています」
「でも、仕事から帰ると疲れてしまいます」
「前にも始めようとしたけれど、続きませんでした」
「またできなかったら、自分が嫌になりそうです」
このような言葉を、責められる不安なく話せること。
できていない自分を隠すのではなく、今の自分に何が起きているのかを一緒に見つめられること。
そのような関係があるとき、人は少しずつ自分の内側を言葉にし始めます。
変化には、自分の内側を見ることが含まれます。
本当は変えたいと思っていること。
変えたいけれど、変えられない理由。
今の生活を何とか保つために、手放せずにいるもの。
変わることへの不安。
これまで何度も失敗してきた記憶。
それでも、どこかで大切にしたい願い。
こうしたものに目を向けるのは、簡単なことではありません。
だからこそ、相手を動かす言葉を探す前に、その人が自分の迷いや願いを少しずつ言葉にできる場を整える必要があります。
変化は、正しい行動をすぐに選ばせることから始まるのではありません。
その人が、自分の生活、自分の疲れ、自分の願い、自分の迷いを見つめ直すところから始まります。
動機づけ面接では、その第一歩を「関わる」と呼ぶ
動機づけ面接では、対話の流れをいくつかのプロセスとして捉えます。
その最初に置かれているのが、「関わる」というプロセスです。
「関わる」と言うと、ただ相手と仲よくなることや、雑談をすることのように聞こえるかもしれません。
しかし、ここでいう「関わる」は、それだけではありません。
相手が、この場で自分のことを話してもよいと思える関係をつくること。
自分の迷いや弱さ、できなさも含めて、少しずつ言葉にできる場を整えること。
支援者が一方的に変化を迫るのではなく、その人の内側で何が起きているのかに耳を澄ませること。
それが、動機づけ面接における「関わる」という第一歩です。
ここで支援者に求められるのは、「どう動かすか」という問いから少し離れることです。
どうすれば運動してくれるか。
どうすれば食事を変えてくれるか。
どうすれば薬をきちんと飲んでくれるか。
もちろん、それらは現実的に重要な問いです。
けれども、その前に、
この人は、いま何に困っているのか。
何を大切にしているのか。
何を守ろうとしているのか。
変わりたい気持ちと、変わりにくい理由はどのように同居しているのか。
そこを聴こうとすることが必要です。
「関わる」とは、変化を起こすための単なる準備段階ではありません。
変化が、その人の内側から生まれ始めるための土台です。
関わることは、変化を遅らせることではない
ここで、一つの疑問が出てくるかもしれません。
関係を大切にするのは分かる。
けれども、生活を変えなければ悪くなるのではないか。
受け止めてばかりでは、必要な変化が進まないのではないか。
この疑問は、とても大切です。
関わることは、助言をしないことではありません。
必要な情報提供を避けることでもありません。
変化を先送りすることでもありません。
むしろ、関係が整っているからこそ、助言が届きやすくなります。
その人が自分の状況を話せる。
支援者が生活の現実を理解できる。
何が負担になっているのかが見えてくる。
何なら始められそうかを、一緒に考えられる。
そのような関係があって初めて、助言は一方的な指示ではなく、その人の生活に根ざした提案になります。
支援者が答えを急ぐほど、相手は自分の迷いを語る余地を失うことがあります。
反対に、相手の言葉に耳を傾ける余地が生まれると、その人は自分の気持ちや事情を少しずつ言葉にできるようになります。
変化を急がないことは、変化をあきらめることではありません。
むしろ、変化を本人のものにするために、最初に整えるべき関係があるのです。
関係を整える言葉――聞き返し
では、関わるために、実際の対話では何ができるのでしょうか。
ここでは一つだけ取り上げます。
それが、聞き返しです。
たとえば、目の前の人がこう話したとします。
「運動した方がいいのは分かっているんです。でも、仕事から帰ると疲れてしまって、なかなかできないんです」
このとき、支援者はつい助言したくなります。
「少しだけでも歩いてみましょう」
「まずは5分から始めてみませんか」
「疲れているときこそ、軽く動くとよいこともあります」
これらは、間違った言葉ではありません。
実際に役立つ提案になることもあります。
けれども、関わる段階では、すぐに助言へ進む前に、相手の言葉を少し映し返してみます。
たとえば、
「運動が大事だとは思っているけれど、今の生活では余力が少ないのですね」
あるいは、
「変えたい気持ちはあるけれど、疲れの中で続けるのが難しいのですね」
このように返すことができます。
聞き返しは、相手を説得するための遠回りな技術ではありません。
支援者が「正しい答えを渡す人」になるのではなく、相手の気持ちや事情が少しずつ言葉になるように支える応答です。
相手の言葉をそのまま繰り返すだけではなく、その奥にある気持ちや意味を受け取り、もう一度相手に返す。
そうすることで、相手は責められているのではなく、自分の事情を分かろうとしてもらえていると感じやすくなります。
聞き返しは、関係を整えるための言葉の形なのです。
聞き返すことで、相手は自分の気持ちに気づき始める
聞き返しの意味は、相手に「分かってもらえた」と感じてもらうことだけではありません。
もう一つ大切なのは、相手が自分の中にある気持ちや迷いに気づきやすくなることです。
「運動した方がいいとは思っている」
「でも、仕事から帰ると疲れている」
「今の生活では余力が少ない」
「変えたい気持ちはあるが、続けられる気がしない」
このように聞き返されることで、その人は自分の中にある複数の気持ちに気づきやすくなります。
変わりたい気持ち。
変われない理由。
今の生活を何とか保っている事情。
それでも、どこかで変えたいと思っている願い。
人の中には、しばしば両方の気持ちがあります。
変えたい。
でも、変えたくない。
変えた方がよいとは思う。
でも、今はその余裕がない。
こうした揺れを、無理にどちらかへ決めさせようとすると、人は自分を守ろうとします。
しかし、その揺れを丁寧に聞き返していくと、相手は自分の中にあるものを少しずつ見つめることができます。
そして、その中から、やがて変化に向かう言葉が現れてくることがあります。
「少しならできるかもしれません」
「本当は、疲れにくい体にしたいんです」
「家族のためにも、もう少し元気でいたいですね」
「前に朝歩いていたときは、少し調子がよかった気がします」
支援者が変化の理由を外から与えるのではありません。
その人自身の中にあった思いが、対話の中で言葉になっていくのです。
その入口として、聞き返しは大切な働きをします。
変化は、関係の中で少しずつ生成される
支援者は、相手のためを思うほど、変化を急ぎたくなります。
早くよくなってほしい。
悪くなる前に気づいてほしい。
今のうちに生活を整えてほしい。
何とか行動につなげてほしい。
その思いは、大切なものです。
支援者にその願いがなければ、養生支援は成り立ちません。
しかし、その思いが強くなりすぎると、支援者の意識は「どう動かすか」に向かいやすくなります。
どう言えば運動してくれるか。
どう説明すれば危機感を持ってくれるか。
どう促せば生活を変えてくれるか。
その問いだけにとらわれると、その人の中ですでに動き始めている小さな変化を見落とすことがあります。
本当は、少し気になっている。
このままでよいとは思っていない。
前に少しできた経験がある。
家族のために元気でいたい気持ちがある。
でも、それはまだはっきりした言葉になっていない。
「関わる」とは、こうした小さな動きを聴き取れる関係をつくることです。
変化は、外から完成形を与えられて起こるものではありません。
その人が、自分の生活や価値や願いに気づく中で、少しずつ形を取り始めるものです。
その意味で、変化は押し出されるものではなく、関係の中で生成されるものなのだと思います。
支援者の役割は、その生成を急がせることではありません。
相手の中で変化が生まれ始める条件を整えることです。
その第一歩が、関わることなのだと思います。
おわりに:変化を急がないことが、変化の入口を開く
伝えるべきことはあります。
助言が必要な場面もあります。
専門家として、見立てや情報提供を避けてよいわけではありません。
けれども、その前に、確かめておきたいことがあります。
相手は、安心して自分のことを話せているでしょうか。
できていないことだけでなく、迷いや不安も言葉にできているでしょうか。
支援者は、相手を動かそうとする前に、相手の中で何が動き始めているのかを聴けているでしょうか。
人は、正しいことを言われただけでは、なかなか変われません。
けれども、自分のことを分かろうとしてくれる人との関係の中で、少しずつ自分の内側を見つめることができるようになります。
変化は、説得によって一方的に起こされるものではありません。
安心して語れる関係の中で、自分の言葉を聞き直すところから、少しずつ始まるのだと思います。
補足1:養生支援とは何か
養生支援とは、正しい生活習慣を教えたり、健康によい行動を指導したりすることだけではありません。
通常の健康支援では、血圧、血糖、体重、運動、食事、睡眠など、健康に関わる課題の改善に焦点が当たりやすくなります。
それは大切な支援です。
一方で、養生支援では、その人の身体だけでなく、生活、感情、価値観、生き方まで含めて見つめます。
そして、その人の中で健康がよりよく生成され、自分にとって大切な生をよりよく養えるように支えることを大切にします。
つまり養生支援は、相手を正しい生活へ従わせることではなく、その人が自分の身体と生活を見つめ直し、自分の生を養っていけるように支える営みです。
補足2:この記事で触れた動機づけ面接の言葉
動機づけ面接
動機づけ面接とは、相手を説得して変えようとするのではなく、相手自身の中にある「変わりたい理由」や「変われる可能性」が、対話の中で言葉になるように支える方法です。
関わる
動機づけ面接の4つのプロセスの一つです。
相手が安心して自分のことを話せる関係を整える段階です。
単なる雑談ではなく、変化が生まれる土台をつくる大切なプロセスです。
聞き返し
相手の言葉の意味や感情を、支援者が受け取り、相手に返す応答です。
「運動した方がよいとは分かっているけれど、今は余裕がないのですね」
と返すことで、相手は責められるのではなく、自分の中にある気持ちや事情に気づきやすくなります。
両価性
変わりたい気持ちと、変わりたくない、または変わりにくい理由が同時にある状態です。
動機づけ面接では、この迷いを否定せず、変化が生まれる大切な場所として丁寧に扱います。

