なぜ、ヘルスケアを全人的に考える必要があるのか

はじめに:健康を支えるとき、人の何を見ればよいのか

前の記事では、ヘルスケアとは、病気を治療することだけではなく、健康状態を改善・維持し、その悪化を予防し、健康が損なわれたときにはその影響を軽減するための幅広い取り組みであることを確認しました。

つまり、ヘルスケアでは、病気そのものだけではなく、その人の健康をどのように回復し、維持し、増進していくかを考えることが重要になります。

では、その人の健康を支えるためには、身体の状態だけを見ていれば十分なのでしょうか。

私たちは身体をもって生きていますが、同時に、感じ、考え、人と関わり、社会の中で生活し、自分なりに大切にしたいものをもちながら人生を生きています。

そして、そのすべてを生きているのは、同じ一人の人間です。

そこで今回は、まず「全人的」とは何を意味するのかを確認し、そのうえで、なぜヘルスケアを全人的に考える必要があるのかを考えてみたいと思います。

WHOは「全人的ケア」をどのように捉えているのか

WHOは、プライマリ・ヘルスケアについて、次のように説明しています。

PHC addresses the broader determinants of health and focuses on the comprehensive and interrelated aspects of physical, mental and social health and well-being. It provides whole-person care for health needs throughout the lifespan, not just for a set of specific diseases.

逐語的に訳すと、

「プライマリ・ヘルスケアは、健康のより広い決定要因に取り組み、身体的・精神的・社会的な健康とwell-beingの、包括的で相互に関連する側面に焦点を当てる。特定のいくつかの疾病だけを対象とするのではなく、生涯を通じた健康ニーズに対して、全人的なケアを提供する。」

となります。

ここで注目したいのは、身体的、精神的、社会的という複数の側面が示されていることだけではありません。

WHOは、それらを comprehensive and interrelated、すなわち「包括的で相互に関連する側面」として捉えています。

つまり、身体、こころ、社会生活を別々の問題として扱うのではなく、それらを一人の人間の健康を構成する、互いにつながった側面として捉えているのです。

さらに、対象となるのは特定の疾病だけではなく、生涯を通じたその人の健康ニーズであり、そこに whole-person care、全人的ケアという考え方が置かれています。

全人的なヘルスケアを考える出発点は、病気や一つの身体機能だけを見るのではなく、健康を一人の人間全体の中で捉えることにあります。

全人的とは、何を捉えることなのか

では、一人の人間全体を捉えるとは、具体的に何を視野に入れることなのでしょうか。

本記事では、人の健康を、身体的側面、心理・社会的側面、精神的側面という三つの側面から考えます。

身体的側面とは、身体の構造や機能、体力、睡眠、食欲、活動、痛みなど、身体の状態に関わる側面です。

心理・社会的側面とは、感情や考え方、行動、人間関係、家族、仕事、社会的役割、生活環境、社会とのつながりなど、こころと生活に関わる側面です。

精神的側面とは、自分が何を大切にしているのか、どのような希望や目標をもっているのか、何に意味を感じ、どのように生きたいのかといった、人生の方向に関わる側面です。

ただし、人間がこの三つに分かれて存在しているわけではありません。

身体の状態を感じているのも、人との関係の中で生活しているのも、自分にとって何が大切なのかを考えているのも、すべて同じ一人の人間です。

したがって、全人的に捉えるとは、身体的、心理・社会的、精神的という三つの項目を並べて見ることではありません。

それらすべてを生きている一人の人間の健康として、統合的に捉えることです。

では、なぜ健康を支えるヘルスケアには、このような全人的な視点が必要なのでしょうか。

健康は、一つの側面だけで成り立っているのではない

第一の理由は、人の健康そのものが多面的だからです。

健康というと、血圧や血糖、体力、身体機能、痛みの有無など、まず身体の状態を思い浮かべるかもしれません。

もちろん、身体が適切に機能していることは、健康の重要な一面です。

しかし、人が健康に生きている状態を考えると、身体の状態だけでは十分に表すことができません。

気持ちが安定して日々を過ごせること、人との関係を保てること、自分なりの役割をもてることなども、その人の健康にかかわっています。

また、自分が何を大切にしているのか、何を目標にしているのか、日々の生活や人生にどのような意味を感じているのかも、その人の健康やwell-beingと無関係ではありません。

さらに、健康は個人の身体や努力だけによって成り立つものでもなく、住居、教育、仕事、所得、人とのつながりなど、その人を取り巻く社会環境からも影響を受けています。

つまり、人の健康は、身体だけではなく、こころや生活、人との関係、価値観や人生のあり方にかかわり、さらに、その人を取り巻く環境との関係の中で成り立っています。

健康そのものが多面的である以上、その健康の回復・維持・増進を支えるヘルスケアも、一つの側面だけを見ていては十分ではないのです。

一つの側面の変化は、他の側面にも広がっていく

第二の理由は、健康を構成するさまざまな側面が、それぞれ独立しているわけではないからです。

身体の変化は身体だけにとどまらず、こころや生活、人との関係に影響することがあります。

反対に、不安やストレス、人間関係や生活上の困難などが、睡眠や食事、活動などを通して身体の状態に影響することもあります。

さらに、生活や社会との関係が変化することで、自分の役割や自信を失ったり、将来への希望や人生の方向が揺らいだりすることもあります。

つまり、身体的側面、心理・社会的側面、精神的側面は、別々に変化しているのではありません。

一つの側面に起こった変化がほかの側面へ広がり、それがさらに別の変化につながるというように、それぞれが互いに影響し合っています。

これは、健康が損なわれていくときだけではありません。

身体の状態が改善することが活動や人との交流につながったり、人とのつながりや大切な役割を取り戻すことが生活を整える力になったりするように、健康が回復していく過程でも、それぞれの側面は互いに支え合っています。

したがって、健康の回復・維持・増進を考えるときには、身体、こころ、生活、人との関係、人生の方向を、それぞれ独立した問題として見るだけでは十分ではありません。

一つの側面の変化がほかの側面へ広がり、それらが互いに影響しながら一人の人間の健康全体が変化していくからこそ、ヘルスケアでは、そのつながりを捉える必要があるのです。

「私にとっての健康」は、人によって異なる

第三の理由は、何を「よりよい健康」と考えるのかが、その人によって異なるからです。

医学的には、検査値、症状、身体機能などを一定の基準によって評価することができ、それらは健康状態を把握するために欠かせません。

しかし、客観的な身体状態だけから、その人にとって何がよりよい健康なのかまで決めることはできません。

同じような身体状態にある人でも、健康であることによって実現したいことは、それぞれ異なります。

仕事を続けることを大切にする人もいれば、家族との時間を大切にしたい人もいます。

自分のことをできるだけ自分で行いながら暮らしたい人もいれば、趣味や地域活動を続けることに生きがいを感じる人もいます。

身体機能をできるだけ高く保つこと以上に、苦痛を少なくして穏やかに暮らすことを大切にする人もいるでしょう。

QOLも、客観的な身体状態だけではなく、その人が生きる文化や価値体系の中で、自らの目標、期待、基準、関心との関係から捉えられるものです。

つまり、健康には、外から評価できる状態だけでなく、その人自身が自分の健康をどのように経験しているのかという側面があります。

その人が何を取り戻したいのか、何を続けたいのか、何のために健康でありたいのかによって、ヘルスケアが目指す方向も変わってきます。

ここに、身体的側面や心理・社会的側面だけでなく、精神的側面まで視野に入れる意味があります。

その人にとっての健康を支えるためには、身体をどこまで改善するかだけでなく、その人が何を大切にし、どのように生きたいのかまで含めて考える必要があるのです。

そして、この問いをその人自身の立場から言い換えれば、

「私にとって健康であるとは、どういうことか」

という問いになります。

一つの症状から、人全体を見る

ここまで考えてきた三つの理由を、「膝の痛み」という身近な例から見てみましょう。

膝が痛いという症状は、まず身体的な問題として現れます。

痛みの程度や関節の状態を調べ、原因を考え、必要な治療を行うことはもちろん重要です。

しかし、その人の健康という視点から見ると、膝の痛みがもつ意味は、それだけではありません。

痛みのために歩くことが難しくなれば、買い物や外出が減り、仕事や家事が思うようにできなくなることがあります。

外出する機会が減れば、人と会うことが少なくなり、それまで担っていた役割や社会とのつながりが失われることもあります。

そうした変化が続けば、気持ちが沈んだり、自信を失ったりすることもあるでしょう。

さらに、その人にとって歩くことが、自分らしい生活や人生の楽しみと深く結びついていたとしたら、その影響は精神的な側面にも及びます。

毎朝の散歩を楽しみにしていた人、孫と出かけることを大切にしていた人、登山を生きがいにしていた人にとって、膝の痛みは単に「関節が痛い」という問題ではありません。

自分が大切にしてきたことができなくなれば、「これから何を楽しみに生きればよいのだろう」と感じることもあるかもしれません。

このように、一つの症状であっても、その人の健康という視点から見ると、身体的側面だけではなく、心理・社会的側面、精神的側面までかかわっていることがわかります。

そして、これらの側面は別々に存在するのではなく、身体の痛みが活動や人との関係を変え、その変化がこころや人生の意味にまでつながるというように、互いに影響し合っています。

さらに、同じ膝の痛みであっても、何を「回復」と考えるかは人によって異なります。

ある人にとっては仕事に戻れることが目標かもしれませんし、別の人にとっては一人で買い物に行けること、孫と出かけられること、もう一度山を歩けることが大切かもしれません。

医学的には同じような症状や身体状態であっても、その人が何を取り戻したいのかによって、その人にとっての健康の意味は異なります。

だからこそ、ヘルスケアでは膝そのものを見るだけではなく、その痛みを抱えながら、その人がどのように生活し、何を感じ、何を大切にして生きているのかまで視野に入れる必要があります。

全人的に考えるとは、身体の問題を軽視して別のことを見るという意味ではありません。

身体の問題を丁寧に捉えながら、それが一人の人間の生活や人生とどのようにつながり、その人自身が自分の健康をどのように経験しているのかまで見ることです。

一つの症状から一人の人間全体を見ることで、その人にとって何を支えることが大切なのかが、より明確に見えてくるのです。

おわりに:全人的に考える

なぜ、ヘルスケアを全人的に考える必要があるのでしょうか。

第一に、人の健康そのものが、身体だけではなく、こころ、生活、社会との関係、価値観や人生のあり方を含む、多面的なものだからです。

第二に、それらの側面は独立しているのではなく、一つの側面の変化がほかの側面へ広がりながら、健康全体が変化していくからです。

そして第三に、何をよりよい健康とするのかは、その人が何を大切にし、どのように生きたいのかによって異なるからです。

この三つを考えると、全人的に捉えるとは、健康について見る項目を単に増やすことではないことがわかります。

大切なのは、身体的側面、心理・社会的側面、精神的側面を、それぞれ別々に見るのではなく、それらすべてを生きている一人の人間の健康として捉えることです。

そして、その健康を実際に生き、経験しているのは、一人の「私」です。

だからこそ、全人的に健康を考えていくと、最後には、

「私にとって健康であるとは、どういうことか」

という問いに行き着きます。

その「私にとっての健康」は、日々を生きる私自身の経験として現れます。

人の健康を支えるということは、その人の健康を、一人の人間の生全体として、全人的に考えることでもあるのです。

引用・参考資料

  1. World Health Organization. Primary health care. Fact sheet.
  2. World Health Organization. Social determinants of health. Fact sheet.
  3. World Health Organization. WHOQOL: Measuring Quality of Life.

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健康を、身体の状態だけではなく、私の生活や人生を含む一つの生全体として考えてみたい方に、読んでいただければと思います。

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