学び続ける力は、どこから生まれるのか ― 成長の手応えと自己効力感

はじめに:学び続けることが難しくなるとき
学び始めることは、比較的しやすいものです。
新しいことを知りたい。
もっと分かるようになりたい。
今の自分を少し変えたい。
できることを増やしたい。
そう思うとき、私たちは学び始めます。
本を読む。
講座を受ける。
人の話を聞く。
自分なりに考えてみる。
学んだことを、少し実践してみる。
最初は、気持ちも前に向いています。
けれども、学び続けることは、学び始めることより難しい場合があります。
すぐに成果が見えない。
自分が成長しているのか分からない。
学んだことが本当に身についているのか分からない。
前に進んでいる実感が持てない。
そうなると、だんだん学び続ける力が弱くなっていきます。
「これで意味があるのだろうか」
「自分には向いていないのではないか」
「続けても、あまり変わらないのではないか」
そんな気持ちになることもあります。
学び続ける力は、意志の強さだけで生まれるものではありません。
もちろん、意志は大切です。
学ぶ時間をつくることも、努力を続けることも必要です。
けれども、それだけでは長く続かないことがあります。
学び続けるためには、自分の中に生まれている小さな変化に気づくことが大切です。
以前より、少し分かるようになった。
以前より、少し考えられるようになった。
以前より、自分の言葉で話せるようになった。
以前より、分からないことを投げ出さずに向き合えるようになった。
こうした小さな変化に気づくと、そこに成長の手応えが生まれます。
そして、その手応えは、「自分は少しずつ学べている」「自分にも変化を起こせる」という感覚につながります。
この感覚は、心理学でいう自己効力感とも深く関係しています。
学び続ける力は、この自己効力感に支えられて育っていくのです。
成長の手応えは、小さな変化の中にある
成長というと、大きな変化を思い浮かべるかもしれません。
できなかったことが、はっきりできるようになる。
資格を取る。
試験に合格する。
人から認められる。
目に見える結果が出る。
もちろん、そうした変化も成長の一つです。
しかし、学びの中で起こる成長は、いつも分かりやすい形で現れるとは限りません。
むしろ、多くの場合、成長は小さな変化として現れます。
以前なら聞き流していた言葉が、気になるようになる。
以前なら分かったつもりで済ませていたことを、もう少し考えるようになる。
以前ならすぐに答えを求めていた場面で、問いを持てるようになる。
以前なら誰かの言葉をそのまま使っていたことを、自分の言葉で言い直そうとするようになる。
こうした変化は、外からは見えにくいものです。
しかし、本人の内側では、確かに何かが変わっています。
学びが進むとは、単に知識が増えることではありません。
自分の見方が変わり、問い方が変わり、考え方が少しずつ深まっていくことです。
その変化に気づいたとき、学びはただの努力ではなくなります。
「自分は少しずつ学べている」
「前より、分かるようになっている」
「まだ十分ではないけれど、確かに変わってきている」
そう感じられるようになります。
これが、成長の手応えです。
成長の手応えは、大きな成果が出たときだけに得られるものではありません。
日々の小さな変化に気づくことで、少しずつ育っていくものです。
手応えが、自己効力感を育てる
人は、手応えがまったくないことを続けるのが苦手です。
どれだけ努力しても、何も変わっていないように感じる。
どれだけ学んでも、前に進んでいる感じがしない。
どれだけ時間をかけても、自分の中に何も残っていないように思える。
そう感じると、学び続ける力は弱くなります。
反対に、小さくても手応えがあると、学びは続きやすくなります。
前に読んだときには分からなかった文章が、少し理解できるようになった。
人の話を聞いたときに、以前とは違う点に気づけるようになった。
自分の考えを、少し言葉にできるようになった。
こうした手応えがあると、もう少し続けてみようと思えます。
大きな自信でなくてもよいのです。
「完全に分かった」ではなく、
「少し分かるようになった」。
「何でもできる」ではなく、
「前より少しできるようになった」。
「もう不安はない」ではなく、
「分からないことがあっても、少し向き合えるようになった」。
このような小さな手応えが、学び続ける力を支えます。
そして、この手応えが積み重なることで、自己効力感が育っていきます。
ここでいう自己効力感とは、簡単に言えば、自分の行動によって、少しずつ変化を起こせるという感覚です。
学びの中で言えば、
「自分は学べている」
「前より少し分かるようになっている」
「自分なりに考えれば、少しずつ進んでいける」
という実感です。
この実感があると、学びはただの義務や努力ではなくなります。
自分の行動によって、少しずつ変化が起きている。
そのことを感じられると、次の一歩を踏み出しやすくなります。
学び続ける力は、意志の強さだけではない
学びを続けるには、努力が必要です。
時間をつくる。
繰り返し読む。
分からないところに戻る。
簡単に答えを出さずに考える。
自分の理解を言葉にしてみる。
こうしたことには、たしかに意志の力が必要です。
しかし、学び続ける力を、意志の強さだけで考えると、うまくいかないことがあります。
続かないのは、意志が弱いからだ。
成果が出ないのは、努力が足りないからだ。
学びが深まらないのは、自分に力がないからだ。
そう考えてしまうと、学びは苦しくなります。
もちろん、努力不足の場合もあるかもしれません。
けれども、それだけでは説明できないこともあります。
人は、意味を感じられないことを続けるのが難しいものです。
自分の変化を感じられないことを続けるのも難しいものです。
外から評価されるだけで、内側に手応えがない学びは、長く続きにくいものです。
だからこそ、学び続けるためには、意志の強さだけではなく、成長の手応えが必要になります。
手応えがあるから、もう少し続けてみようと思える。
少し変わってきたと感じるから、次も学んでみようと思える。
自分にもできることがあると感じるから、一歩先に進める。
この「自分にもできることがある」という感覚が、自己効力感です。
自己効力感が育つと、学びは外から押されて続けるものではなく、内側から続けていけるものへと変わっていきます。
自己効力感が、内側からの学びを支える
学びには、外から与えられる動機があります。
試験がある。
資格が必要である。
仕事で求められている。
周囲から期待されている。
評価される必要がある。
こうした動機は、学びを始める力になります。
期限があるから学ぶ。
合格したいから学ぶ。
認められたいから学ぶ。
それも大切なことです。
しかし、外からの動機だけでは、学びが深まりにくいことがあります。
試験が終わると、学びが止まってしまう。
資格を取ると、それ以上深める気持ちが弱くなる。
評価されるためだけに学んでいると、学びそのものの面白さを感じにくくなる。
一方で、成長の手応えがあると、学びは少し違ってきます。
前より分かるようになることがうれしい。
新しい見方ができるようになることが面白い。
自分の問いが深まっていくことに意味を感じる。
学んだことが、現場や生活の中で少し使えるようになる。
そうなると、学びは「やらなければならないこと」だけではなくなります。
「もう少し分かりたい」
「もう少し考えてみたい」
「もう少し続けてみたい」
という気持ちが、内側から生まれてきます。
自己効力感が育つと、学びは「やらされるもの」から、「もう少し分かりたいもの」へと変わっていきます。
成長の手応えは、自己効力感を育てます。
そして、自己効力感は、内側から学び続ける力を支えてくれます。
つまり、学び続ける力は、外から与えられる目標だけでなく、自分の内側に生まれる手応えによって育っていくのです。
成長の手応えを見つけるために
では、成長の手応えは、どのように見つければよいのでしょうか。
大切なのは、大きな成果だけを探さないことです。
合格したか。
資格を取れたか。
人から評価されたか。
すぐに役立ったか。
そこだけを見ると、学びの途中で起きている小さな変化を見落としてしまいます。
成長の手応えを見つけるためには、もう少し小さな変化に目を向ける必要があります。
以前より、分かる言葉が増えたか。
以前より、気づけることが増えたか。
以前より、問い方が変わったか。
以前より、自分の言葉で説明できるようになったか。
以前より、分からないことに耐えられるようになったか。
以前より、学んだことを生活や仕事の中で少し使えるようになったか。
こうした問いを持つと、自分の中で起きている変化に気づきやすくなります。
学びは、いつも前進しているように感じられるわけではありません。
ときには、分からないことが増えたように感じることがあります。
むしろ、学ぶ前より混乱しているように感じることもあります。
けれども、それも学びの一部です。
分からないことが増えるのは、見える範囲が広がったからかもしれません。
迷いが増えるのは、以前より深く考えるようになったからかもしれません。
簡単に答えを出せなくなるのは、物事を単純に見なくなったからかもしれません。
成長の手応えは、必ずしも「簡単になった」という形で現れるわけではありません。
ときには、「以前より丁寧に迷えるようになった」という形で現れます。
ときには、「すぐに分かったつもりにならなくなった」という形で現れます。
ときには、「分からないまま考え続けられるようになった」という形で現れます。
そうした変化もまた、学びの成長です。
そして、その変化に気づくことが、自己効力感を育てる土台になります。
おわりに:小さな成長に気づくことから始まる
学び続ける力は、どこから生まれるのでしょうか。
それは、意志の強さだけから生まれるものではありません。
外からの評価だけで支えられるものでもありません。
大きな成果が出たときだけ、生まれるものでもありません。
学び続ける力は、自分の中に起きている小さな成長に気づくことから生まれます。
以前より、少し分かるようになった。
以前より、少し考えられるようになった。
以前より、少し自分の言葉で話せるようになった。
以前より、少し丁寧に迷えるようになった。
その小さな変化に気づくとき、私たちは「自分は少しずつ学べている」と感じます。
その手応えが、自己効力感を育てます。
そして自己効力感は、「もう少し学んでみよう」という内側からの力を支えてくれます。
学びは、結果だけを求めるものではありません。
自分の中で育っているものに気づきながら、少しずつ深めていく営みです。
成長の手応えは、すぐに大きな自信になるとは限りません。
けれども、小さな手応えを積み重ねることで、学び続ける力は育っていきます。
「もう少し分かりたい」
「もう少し考えてみたい」
「もう少し続けてみたい」
その気持ちが生まれるところに、学び続ける力の源があります。
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