生命は、なぜ変わりながら続いていくのか ― 持続と変化から考える健康の生成

はじめに:健康は、どのように生成するのか
健康とは、どのようなものでしょうか。
私たちはふつう、健康を「よい状態」として捉えます。
病気がなく、身体の働きが保たれ、日常生活を支障なく送ることができる。そうした状態を、健康と考えることは自然です。
しかし、私たちの身体は、いつも同じ状態にあるわけではありません。
活動すれば疲れ、休むことで回復します。
気温や活動量が変われば、それに応じて体温や循環を調節します。
傷つけば、損なわれた部分を修復します。
身体は、絶えず変化しながら生きています。
そうであるなら、健康もまた、変化のない一定の状態として捉えるだけでは、十分ではないのかもしれません。
では、健康は、変化する身体の中でどのように生まれ、つくり直されているのでしょうか。
さらに、人間の健康は、身体だけで完結するのでしょうか。
私たちは、身体的に生存するとともに、日々の生活を営み、自らの人生を生きています。
身体、暮らし、生き方が変化する中で、人はどのように、よりよく生き続けることができるのでしょうか。
これから三回の記事で考えたいのは、健康はどのように生成するのかという問いです。
そのために、まず生命そのものまで遡ってみたいと思います。
生命には、不思議な特徴があります。
生命は、一つの生命として続いているのに、その中では絶えず変化が起こっています。
身体は、外界から物質やエネルギーを取り入れ、不要になったものを外へ出します。
身体を構成するものも絶えず入れ替わり、環境や活動の変化に応じて、その働きも変わります。
それでも、一つの生命としてのまとまりは失われません。
こうした変化が止まった状態を、生命の安定とは呼べません。
むしろ、変化が止まれば、生命活動を維持することはできません。
一方で、すべてがばらばらに変化するだけでも、生命として続いていくことはできません。
生命は絶えず変化しているのに、なぜ一つの生命として続いていくことができるのでしょうか。
第一記事では、生命が変わりながら続く原理を考えます。
第二記事では、その生成を支える身体の仕組みを見ていきます。
そして第三記事では、生存・生活・人生からなる人間のLifeへと視野を広げ、well-beingがどのように生成するのかを考えます。
まずは、生命において「生きること」とはどのような営みなのか、そこから考え始めてみましょう。
生命を「生」と「命」から考える
「生命」という言葉は、「生」と「命」という二つの漢字からできています。
「生」には、生きる、生まれる、生じる、営むといった意味があります。
一方、「命」には、いのちや寿命だけでなく、天命や運命といった意味の広がりがあります。
もちろん、漢字の成り立ちから生命の本質をそのまま導くことはできません。
ここでは、生命について考えるための一つの手がかりとして、「生」と「命」を分けて考えてみます。
そして、今回はまず「生」に焦点を当て、生命において「生きること」がどのように営まれているのかを考えます。
これまで私は、身体的な生存だけでなく、生活や人生までを含む一人の人間の生の全体を、Lifeとして考えてきました。
そのLife全体の健康を考えるためにも、まず、その基盤にある生命の「生」が、どのように続き、変化しているのかを見ていきましょう。
生命を、物ではなく営みとして見る
生命を固定された物として見ている限り、変化しながら続いていくという謎は、なかなか解けません。
では、生命を物ではなく、営みとして見たら、何が見えてくるでしょうか。
生きていることは、外界との関わりの中で絶えず続いていく営みです。
身体は、外から物質やエネルギーを取り入れながら、自らの状態を調節しています。
損なわれた部分を修復し、環境が変われば、それに応じて反応を変えます。
身体を構成する物質が入れ替わっても、一つの生命としての営みは続いています。
生命は、固定された物というよりも、絶えず維持されている過程として存在しています。
ここで、最初の手がかりが見えてきます。
生命の「生」は、外界と関わり、自らを調節し、つくり直しながら続いていく営みとして捉えられます。
持続するためには、変わらなければならない
生命が営みであるなら、その営みは何をしているのでしょうか。
まず見えてくるのは、生命が持続するために、絶えず自らを変えているという事実です。
生命を取り巻く環境は変化します。
暑い日もあれば、寒い日もあります。
身体を動かすときもあれば、休むときもあります。
食物が十分に得られるときもあれば、不足するときもあります。
感染や外傷によって、身体の状態が大きく変わることもあります。
環境や身体の条件が変化しているのに、いつも同じ反応を続ければ、生命はかえって維持できなくなります。
暑ければ発汗し、寒ければ熱を逃がさないようにします。
活動すれば循環や呼吸を高め、活動が終われば元の状態へ近づけていきます。
傷つけば、それまでとは異なる働きを起こして修復します。
生命は、変化を拒むことで持続するのではありません。
状況に応じて自らの状態や働きを変えることによって、持続しています。
生命にとっての安定とは、変化する環境の中で、そのときに必要な状態へ調節できることです。
生命は、変化することによって持続している。
これが、生命の姿を理解するための一つ目の手がかりです。
では、何が生命を一つにつないでいるのか
しかし、ここで反対の問いが生まれます。
生命が変化し続けているのであれば、何がその生命を一つの生命としてつないでいるのでしょうか。
呼吸によって身体の内外を行き来する物質は変わります。
食べたものは身体に取り込まれ、身体を構成していたものは、やがて外へ出ていきます。
それでも私たちは、昨日の自分と今日の自分を、別の生命だとは考えません。
その生命を構成する物質が入れ替わっても、一つの身体としてのまとまりが保たれているからです。
身体の内と外を分ける境界があり、さまざまな働きが互いに関係し、一つの生命活動としてつながっています。
生命における持続とは、何も変わらないことではありません。
変化の中でも、生命としてのまとまりやつながりが保たれていることです。
変化を一つの生としてつなぐためには、持続するまとまりが必要である。
これが、二つ目の手がかりです。
持続するためには、変化が必要です。
しかし、変化を一つの生命の変化にするためには、持続するまとまりが必要です。
では、この持続と変化は、生命の中でどのように結びついているのでしょうか。
その手がかりを、運動する筋肉から考えてみましょう。
筋肉は、負荷を受けてつくり直される
筋肉に普段より強い負荷を加えると、一時的な疲労や代謝状態の変化が起こります。
運動の内容によっては、筋線維に微細な損傷が生じることもあります。
ただし、筋肉が強くなるために損傷が必ず必要なわけではありません。
損傷が大きいほど、運動の効果が高くなるわけでもありません。
大切なのは、筋肉に加わった負荷に身体がどのように応答するかです。
抵抗運動をきっかけとして筋タンパク質合成が高まり、休養と栄養に支えられながら、筋組織の修復・再構築が進みます。
こうした運動と回復が繰り返されることで、筋肉や神経系はその負荷に適応し、同じ運動に以前より対応しやすくなります。
ここで起きていることを、順番に見てみましょう。
はじめに、現在の筋肉が、日常の活動を支えています。
そこへ、普段より強い運動負荷が加わります。
筋肉の状態は一時的に揺らぎ、疲労や代謝状態の変化、場合によっては微細な損傷が生じます。
その後、身体は休養と栄養に支えられながら、自らを修復し、再構築します。
こうした過程が繰り返されることで、筋肉は、次に同じような負荷が加わったときに、以前より対応しやすい状態へ変化します。
この一連の過程を、
負荷
↓
揺らぎ
↓
回復・再構築
↓
適応
↓
次の持続
と表すことができます。
ここでいう生成は、負荷や損傷そのものでも、ただ元の状態へ戻ることでもありません。
負荷によって生じた変化に身体が応答し、回復の過程で自らをつくり直し、次の負荷に応じられる状態を形成していく。
その一連の営みが生成です。
生成は、特別なときだけ起こるのか
筋肉の適応は、生命の生成が目に見えやすい例です。
ところで、生成は、強い負荷が加わったときだけ起こるのでしょうか。
私たちの身体は、呼吸や代謝を続け、古くなった構成要素を新しいものへ入れ替えながら、日々の生命活動を維持しています。
構成するものを変えながら、現在のまとまりを保つ。
ここにも生成があります。
日々の更新と変化に応じた再編は、生命が自らを保ちながら、必要に応じて保ち方そのものを変えていく、一つの連続した生成の営みです。
生成は、特別な出来事のときだけ始まるのではありません。
日々の生命活動として絶えず営まれ、ときにその営みのあり方を大きく組み替えながら続いています。
生成とは、次の持続をつくることである
ここまでたどってくると、持続と変化の間で起きていることが、少しずつ見えてきます。
生成は、持続と変化が同時に起こることだけではありません。
そこには、変化を受けた生命が、その変化に応じて自らをつくり直す過程があります。
生命には、外界や自らの活動によって、さまざまな変化が起こります。
しかし、起こった変化のすべてが、そのまま生命の中に組み込まれるわけではありません。
変化による乱れが、調整によって打ち消されることがあります。
損なわれた部分が修復され、以前に近い状態へ戻ることもあります。
一方、ある変化は生命の営みの中に組み込まれ、それまでの状態や働き方を更新します。
このように、生命は変化に応答し、それを調整・修復・再編することによって、次の持続をつくり出しています。
ここまで「生成」と呼んできた過程は、次のようにまとめることができます。
生成とは、生命が変化を受け、それに応じて自らを調整・修復・再編し、次の状態へ生をつないでいく過程である。
より簡潔に言えば、
生成とは、生命が自らをつくり直しながら、生き続けることである。
ということです。
とりわけ、変化が生命の営みの中に組み込まれたとき、生命は以前とまったく同じ状態へ戻るわけではありません。
感染を経験した免疫系に、その経験が記憶として残ることがあるように、生命は変化の履歴を受け継ぎながら、続き方そのものを更新することがあります。
したがって、生成とは、ただ変わることでも、変わらずに残ることでもありません。
変化の中で生をつなぎ直し、次のあり方を開いていくことです。
生成は、成長や進歩なのか
運動によって筋肉が適応する例からは、生成が以前より強くなることのように見えるかもしれません。
しかし、生成は、いつも大きくなることや、強くなることなのでしょうか。
生成は、以前より複雑になることでも、常に良い方向へ進歩することでもありません。
生命が持続するためには、ときに身体の活動を抑え、休む必要があります。
傷ついた部分を回復させるためには、古くなったものや損なわれたものを取り除く必要があります。
それまで役立っていた働きであっても、条件が変われば、弱めたり、手放したりしなければならないことがあります。
休止、修復、縮小、解体、再編も、それが次の持続につながるなら、生成の一部です。
生成とは、そのときの条件に応じて、保ち方や変わり方を変えながら、生をつないでいくことです。
健康もまた、生成する
ここで、冒頭の問いに戻ってみましょう。
生命の生成という視点から見ると、健康はどのようなものとして捉えられるのでしょうか。
その手がかりを得るために、運動によって筋肉が適応する過程を、もう一度見てみましょう。
運動によって負荷が加わると、筋肉には一時的な疲労や代謝状態の変化が起こります。
身体の状態は運動によって一時的に揺らぎますが、負荷に応答し、休養や栄養に支えられながら回復・再構築することで、次の活動に応じられる状態がつくられていきます。
一方、負荷が強すぎたり、休養が足りなかったりすれば、疲労や損傷が蓄積し、十分に回復できなくなることがあります。
ここで重要なのは、身体が変化にどのように応答するかです。
身体が変化に応答し、まとまりと働きを保ちながら、必要に応じて自らを調整・修復・再編し、次の活動へつなげていく。
その過程で、健康は生成します。
このように考えると、身体における健康は、変化や揺らぎのない完成した状態ではありません。
身体における健康とは、生命が変化を受けながら、まとまりと生きる力を保ち、必要に応じて自らを調整・修復・再編し、次の営みへ生をつないでいけることです。
健康は、外界との関わりに支えられながら、生命が自らをつくり直していく過程の中で、そのつど生成しています。
ただし、人間の健康は、身体だけで完結するものではありません。
人間は、身体的に生存するとともに、日々の生活を営み、自らの人生を生きています。
生存・生活・人生からなるLife全体が、よりよく生きられる状態へつながるとき、そこにはwell-beingの生成が見えてきます。
本小連載では、このLife全体にわたる「よりよく生きられているあり方」を、well-beingと呼びます。
身体における健康生成は、その基盤となるものです。
well-beingもまた、生存・生活・人生が互いに関わり、変化に応じてつくり直される中で、そのつど生成していきます。
**健康生成とは、生命の生成を基盤として、Life全体がwell-beingへ開かれていく過程です。**
ここで「開かれていく」と表現するのは、Lifeが必ずwell-beingへ到達するという意味ではありません。
変化に応答し、自らをつくり直すことによって、よりよく生きられる新たな可能性が生まれていくということです。
おわりに:一つの答えから、次の問いへ
私たちは、健康はどのように生成するのかという問いから出発しました。
その答えを考えるために、まず生命そのものまで遡りました。
そこで見えてきたのが、生命は絶えず変化しているのに、一つの生命として続いているという事実です。
変化を受け、それに応答し、自らを調整・修復・再編することによって、次の持続をつくり出しています。
この一連の営みが生成です。
生きるとは、同じであり続けることでも、ただ変わり続けることでもありません。
変化を受けながら自らをつくり直し、生を次のあり方へとつないでいくことです。
この生命の生成を基盤として、身体の健康も生成しています。
さらに、人間の健康は、身体だけで完結するものではありません。
生存・生活・人生が互いに関わりながらつくり直される中で、Life全体にわたるwell-beingも生成していきます。
ただし、ここまで見えてきたのは、健康生成を考えるための出発点です。
生命は、どのような仕組みによって自らをつくり直し、身体の健康を生成しているのでしょうか。
また、身体における健康生成は、生活や人生を含むLife全体とどのようにつながっているのでしょうか。
次の記事では、生命の構造と働きに注目し、身体の健康生成を支える仕組みを考えます。
さらに第三記事では、生存・生活・人生という三つの層から、Life全体を通してwell-beingがどのように生成するのかを探っていきます。

