ホロン的調和と未病:生命の智慧から、健康と生き方を捉え直す(第7回)

ホロン的調和としての健康 ― 健康とは、コントロールではなく統合である

はじめに

健康とは何でしょうか。
症状がないこと、検査値が正常であること、病気と診断されていないこと。
私たちは長い間、そのように健康を理解してきました。

しかし、数値に異常はないのに疲れが取れない。
検査では問題ないと言われたけれど、どこか調子が悪い。
社会的には問題なく生活しているのに、心や身体がついてこない。
このような経験を持つ人は、決して少なくありません。

これまで本連載では、未病を「病気の手前の状態」ではなく、
調和が静かに揺らぎ始めている状態として捉え直してきました。

今回はそれらを一つに束ね、
健康とは何かを、ホロン的調和という視点から考えてみたいと思います。

健康は「結果」ではなく「状態」である

健康を「結果」として捉えると、
健康は達成すべき目標や、維持すべき成果になります。
すると、管理・努力・コントロールが前面に出てきます。

しかし生命は、そもそも固定されたものではありません。
細胞は常に入れ替わり、環境は変化し、私たち自身も年齢とともに変わっていきます。
変化し続ける存在に対して、
「これが健康だ」と一点に固定すること自体が、やや不自然なのではないでしょうか。

生命としての健康とは、
変化の中で破綻せずに保たれている状態と考えるほうが、
自然の在り方に近いように思われます。

細胞レベルに見る、ホロン的な健康

私たちの体は、数十兆個の細胞からできています。
その一つひとつの細胞は、自ら代謝し、環境に応答し、
一つの生命としての全体性を保っています。

同時に細胞は、個体というより大きな全体の一部として、
それぞれの役割を担っています。
増えすぎることもなく、怠けすぎることもなく、
全体との関係の中で自然に働いている細胞。
それが健康な細胞です。

ここには、
全体でありながら部分でもある存在が、調和して機能している状態
すなわちホロン的調和の原型があります。

個体レベルで起こる「健康のゆがみ」

この構造は、人間の生き方にもそのまま当てはまります。

社会に適応し、役割を果たし、期待に応え続ける。
その一方で、自分の感覚や欲求を後回しにし続けると、
身体や心に無理が蓄積していきます。

逆に、自分らしさを守ることだけを優先し、
社会との関係を極端に避けてしまうと、
孤立や不安が強まることもあります。

どちらも、
全体性(自分らしさ)と部分性(社会との関係)のバランスが崩れた状態です。

多くの未病的な不調は、
体の問題であると同時に、
このバランスの崩れとして現れているのではないでしょうか。

社会に適応するほど、健康から遠ざかることがある理由

現代社会は、「機能すること」を強く求めます。
役割を果たしているか、成果を出しているか、期待に応えているか。
それ自体は必要なことですが、
そこに偏りすぎると、個人の全体性が置き去りにされやすくなります。

社会的には問題なく見えても、
内側では調和が失われていく。
それは個人の弱さではなく、
ホロンとしての全体性が軽視されやすい社会構造の問題です。

健康を考えるとき、
社会への適応だけを目標にしてしまうと、
かえって未病を深めてしまうことがあります。

調和させる健康から、統合されている健康へ

健康を「調和させるもの」と考えると、
どうしても努力や管理が中心になります。
食事を管理し、運動を管理し、感情を管理し、
無理に整えようとします。

しかしホロン的に見ると、
健康とは本来、無理に作るものではありません
全体性を失わず、部分性を自然に引き受けているとき、
健康は結果として現れます。

自分らしさが失われていない。
同時に、社会との関係も壊れていない。
この統合された状態こそが、
ホロン的調和としての健康です。

未病とは、健康が崩れる前兆ではなく「サイン」である

未病は、健康から病気へ向かう途中の点ではありません。
むしろ、

「どこで調和が揺らぎ始めているか」

を教えてくれる、生命からのサインです。

身体に現れるサインもあれば、
生き方や関係性に現れるサインもあります。

未病に目を向けることは、
病気を恐れることではなく、
健康の本質に立ち返ることなのです。

健康とは、ホロン的調和が保たれていること

細胞が、
個体が、
社会が、

それぞれのレベルで、
全体性を失わずに部分性を引き受けている。
この状態を、
ホロン的調和としての健康と呼ぶことができます。

次回に向けて

健康とは、コントロールの成果ではありません。
生命が本来持っている統合の力が、
静かに働いている状態です。

次回はいよいよ最終回です。

このような健康観に立ったとき、
「未病を学ぶ」とはどういうことなのか。

未病という視点が、私たちの生き方や世界の見え方を、
どのように変えていくのかを考えてみたいと思います。

第8回「未病を学ぶということ」を読む→

「ホロン的調和と未病」は、以下の3部(全8回)で構成されています。

【第1部:未病を問い直す】
第1回|未病とは何か? ― 病気の手前ではなく、「調和の揺らぎ」としての未病
第2回|ホロンという視点 ― 私たちは「全体であり、部分でもある」存在

【第2部:生命はどう調和しているのか】
第3回|細胞レベルのホロン的調和 ― 健康な細胞は、どうやって全体と協調しているのか
第4回|個体レベルのホロン的調和 ― 自分らしさと社会適応は、両立できる
第5回|社会レベルの未病 ― 社会もまた、ひとつの生命システムである

【第3部:調和の中で生きる】
第6回|調和させるのではなく、調和の中で生きる ― 無為自然・禅・縄文的在り方との接続
第7回|ホロン的調和としての健康 ― 健康とは、コントロールではなく統合である
第8回|未病を学ぶということ ― 生命の調和を観察し、育てるという知性

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