ホロン的調和と未病:生命の智慧から、健康と生き方を捉え直す(第5回)

社会レベルの未病 ― 社会もまた、ひとつの生命システムである
はじめに
私たちは体調がすぐれないとき、
「生活が乱れているのではないか」
「努力が足りないのではないか」
と、つい自分自身に原因を求めてしまいがちです。
もちろん、生活習慣やセルフケアは大切です。
しかし、その不調は本当に個人だけの問題なのでしょうか。
もし、私たち一人ひとりが細胞として集まり、
ひとつの身体をつくっているように、
社会もまた、一人ひとりから成る
ひとつの生命システムだとしたら——。
そして、その社会自体が、
静かにバランスを崩し始めている、
いわば「未病」の状態にあるとしたら——。
この視点に立つと、
個人の不調と社会の生きづらさは、
決して無関係ではなくなります。
社会は「人の集合体」ではなく「生命的システム」
私たちは社会を、
「人が集まったもの」
として捉えがちです。
しかし、細胞が集まって身体をつくるとき、
それは単なる集合ではありません。
そこには、
・流れ
・リズム
・環境
・相互作用
が生まれます。
同じように、社会にも
・空気
・価値観
・評価の基準
・「こうあるべき」という無言の圧力
が存在します。
社会は、私たちが思っている以上に、
生きものに近い存在なのです。
社会にも「健康」と「未病」がある
身体に健康な状態と未病の状態があるように、
社会にもまた、健やかな状態と、
バランスが揺らぎ始めた状態があります。
健康な社会では、
- 個人の多様性が尊重され
- 自律と協力が自然に両立し
- 無理をしなくても役割が果たせる
という特徴があります。
一方で、未病状態にある社会では、
- 同調圧力が強まる
- 過剰な競争が常態化する
- 効率や成果が最優先される
- 「休みにくい空気」が蔓延する
といった兆候が見られます。
大きな破綻は起きていなくても、
どこかに「違和感」が漂い始めている。
それが、社会レベルの未病です。
個人の未病と、社会の未病は共鳴する
社会が未病の状態にあるとき、
そこに生きる個人もまた、
知らず知らずのうちに無理を重ねていきます。
- 本当は休みたいのに休めない
- 違和感があっても口に出せない
- 自分を後回しにすることが当たり前になる
その結果、
- 慢性的な疲労
- 不安感
- 気力の低下
- 「何となくしんどい」という感覚
が増えていきます。
これは、その人が弱いからではありません。
社会の状態を、個人が身体で引き受けているのです。
個人の不調は、
社会の未病を映し出す
ひとつのセンサーでもあります。
社会の未病を「個人の努力」で解決しようとすると
こうした状況の中で、
私たちはしばしばこう考えます。
- もっと頑張らなければ
- 自己管理が足りないのでは
- 意識を高める必要がある
これらは善意から生まれる考えです。
しかし、社会の構造そのものが
未病状態にあるとき、
個人努力だけを重ねると、
かえってバランスを崩すことがあります。
無理な適応が続けば、
全体性は削られ、
やがて燃え尽きてしまう。
これは、細胞が無理を続けて
炎症や機能低下を起こすのと
よく似た構造です。
社会の調和を直接語らない、という選択
ここで大切なのは、
「社会を正そう」
「社会を変えよう」
と力むことではありません。
社会の調和を直接目標にすると、
どうしても個人に
「合わせること」「耐えること」
を求めてしまいがちです。
それよりも、
- 個人の全体性を回復する
- 自律と協調が分断されていない状態を支える
ことに目を向ける。
ホロンの視点で見れば、
健全な個人(健全なホロン)が増えると、
社会は結果として安定するのです。
未病という視点が、社会の見え方を変える
未病という視点を持つと、
社会は「敵」でも「重荷」でもなくなります。
- 自分が壊れたのではない
- 社会が間違っているだけでもない
- 調和が静かに揺らいでいるだけ
そう理解できるようになります。
この理解は、
自分を責めることをやめ、
同時に社会から逃げる必要もなくしてくれます。
おわりに
私たちは、
社会に適応しすぎて疲れているのかもしれません。
しかしそれは、
個人が弱いからではなく、
社会という生命システムが、
いま少し無理をしているからかもしれない。
未病という視点は、
そのことに静かに気づかせてくれます。
次回は、
「調和させる」のではなく、
「調和の中で生きる」
という在り方について、
さらに掘り下げていきます。
「ホロン的調和と未病」は、以下の3部(全8回)で構成されています。
【第1部:未病を問い直す】
第1回|未病とは何か? ― 病気の手前ではなく、「調和のゆらぎ」としての未病
第2回|ホロンという視点 ― 私たちは「全体であり、部分でもある」存在
【第2部:生命はどう調和しているのか】
第3回|細胞レベルのホロン的調和 ― 健康な細胞は、どうやって全体と協調しているのか
第4回|個体レベルのホロン的調和 ― 自分らしさと社会適応は、両立できる
第5回|社会レベルの未病 ― 社会もまた、ひとつの生命システムである
【第3部:調和の中で生きる】
第6回|調和させるのではなく、調和の中で生きる ― 無為自然・禅・縄文的在り方との接続
第7回|ホロン的調和としての健康 ― 健康とは、コントロールではなく統合である
第8回|未病を学ぶということ ― 生命の調和を観察し、育てるという知性

