なぜ現代社会では調和が揺らぐのか ― 自己決定理論から考える未病

はじめに:なぜ豊かな社会で疲労が広がるのか

現代社会は、歴史上もっとも豊かな社会の一つと言われています。

医療は進歩し、
生活環境は整い、
多くの人が長く生きるようになりました。

それにもかかわらず、

疲れが抜けない
やる気が続かない
心がどこか空虚に感じる

このような声は、むしろ増えているようにも見えます。

大きな病気ではない。
しかし、どこか調子が出ない。

東洋医学では、このような状態を
未病と呼んできました。

未病とは、病気ではないけれど、
身体や心の調和が少しずつ揺らぎ始めている状態です。

ではなぜ、現代社会では
この揺らぎが起きやすいのでしょうか。

その手掛かりの一つとして、
現代心理学の 自己決定理論(Self-Determination Theory) が参考になります。

人が自然に生きるための三つの条件

自己決定理論は、人が健やかに生きるためには
三つの基本的な心理条件が必要だと考えます。

それは

自律性
自分で選び、自分の意思で行動している感覚

有能感
できている、成長しているという手応え

関係性
人とつながり、必要とされているという感覚

です。

これらは贅沢な欲求ではありません。

食事や睡眠のように、
人が自然に活力を保つために必要な
心理的な基礎条件です。

これらが満たされているとき、
人は無理をしなくても自然に動き出します。

しかし、この三つが長く満たされないと、
活力は静かに弱っていきます。

ホロン的調和という視点

この連載では、健康を
ホロン的調和という視点から考えてきました。

人は単独で存在しているわけではありません。

身体

社会
環境

これらの関係の中で生きています。

そして、それらの関係が調和しているとき、
生命は自然に力を発揮します。

反対に、関係のバランスが崩れると、
調和は揺らぎ始めます。

自己決定理論の三つの欲求は、
この 個人レベルの調和条件 を示していると考えることができます。

現代社会で起きている三つの揺らぎ

ところが現代社会では、
この三つの条件が揺らぎやすい構造が生まれています。

まず一つ目は、
自律性の揺らぎです。

現代社会では、
効率化と管理が強く求められます。

評価指標
マニュアル
数値目標

こうした仕組みは社会を機能させるために必要ですが、
同時に人の行動を外側から強く規定するようになります。

その結果、人は次第に

「自分で選んでいる」

という感覚を失いやすくなります。


二つ目は、
有能感の揺らぎです。

現代社会では成果が数値化され、
競争も加速しています。

しかしその評価は、
必ずしも日々の努力や成長と結びついているとは限りません。

自分が前に進んでいるのか分からない。
努力がどこにつながるのか分からない。

このような状況では、
仕事は次第に手応えを失っていきます。


三つ目は、
関係性の揺らぎです。

現代社会では、人と人との関係は
かつてよりも流動的になりました。

地域共同体は弱まり、
職場の関係も短期化しています。

人は多くの人と接触していても、
深いつながりを感じにくくなっています。

その結果、

「どこにも属していない」

という感覚が生まれやすくなります。

文明の構造的変化

この背景には、
より大きな文明の変化があります。

現代社会はしばしば
ポストモダン社会と呼ばれます。

かつて人々は、

宗教
国家
共同体
進歩の物語

といった
大きな物語の中で生きていました。

その物語は、人々に

自分がどこにいるのか
何のために生きているのか

という方向を与えていました。

しかし現代では、
このような共通の物語は弱まりました。

人はそれぞれ
自分の人生の意味を
自分で作らなければならなくなりました。

これは自由でもあります。

しかし同時に、
大きな支えを失った状態でもあります。

この文明の変化は、人間の心理だけでなく、
人と社会の関係そのものにも影響を与えています。

ホロンの孤立

この変化は、
ホロンの視点から見ると
非常に重要な意味を持ちます。

ホロンとは、
全体でありながら部分でもある存在

です。

人は

自分自身という全体でありながら
社会という全体の部分でもあります。

しかし現代社会では、

社会の中の役割
個人としての自己

この二つの関係が
うまく統合されにくくなっています。

社会の歯車として働くとき、
自分を失うように感じる。

自分らしく生きようとすると、
社会から孤立してしまう。

このような状況では、
ホロンとしての調和は維持しにくくなります。

未病という文明のサイン

こうして

自律性
有能感
関係性

という三つの条件が揺らぐとき、
ホロン的調和はゆっくりと動揺していきます。

その結果として現れるのが

疲れが抜けない
やる気が出ない
心が重たい

といった状態です。

これが、
未病という現象の一つの姿です。

未病とは、
身体だけの問題ではありません。

それは

文明と生命の関係が揺らいでいるサイン

とも言えます。

なぜ今、人は縄文に惹かれるのか

ここで興味深い現象があります。

近年、多くの人が
縄文文化に関心を持つようになっています。

縄文社会は、
長いあいだ大きな戦争が確認されていない社会でした。

そこでは

自然との関係
共同体との関係
個人の生活

が比較的ゆるやかに結びついていました。

つまり

ホロン的調和が比較的保たれていた社会

と見ることもできます。

現代人が縄文に惹かれるのは、
単なる懐古ではないのかもしれません。

それは

調和を求める生命の感覚

なのかもしれません。

調和を取り戻す

しかし、現代社会を縄文社会に戻すことはできません。

重要なのは、過去へ戻ることではなく、
現代の中で調和を再発見することです。

そのための手掛かりとして、

自律性
有能感
関係性

という三つの条件を整えることは、
一つの現実的な方法になります。

生命は本来、
調和へ戻ろうとする力を持っています。

未病とは、
その調和が揺らいでいることを知らせるサインでもあります。

そのサインに気づくことが、
調和を取り戻す第一歩になるのかもしれません。

関連記事:
縄文的在り方に見る「調和の感覚」とは何か ― ホロン的調和の原風景
なぜ今、人は縄文に惹かれるのか ―「和」のもう一つのかた

参考記事:ホロン的調和と未病 ― 生命の智慧から、健康と生き方を捉え直す

【第1部:未病を問い直す】
第1回|未病とは何か? ― 病気の手前ではなく、「調和の揺らぎ」としての未病
第2回|ホロンという視点 ― 私たちは「全体であり、部分でもある」存在

【第2部:生命はどう調和しているのか】
第3回|細胞レベルのホロン的調和 ― 健康な細胞は、どうやって全体と協調しているのか
第4回|個体レベルのホロン的調和 ― 自分らしさと社会適応は、両立できる
第5回|社会レベルの未病 ― 社会もまた、ひとつの生命システムである

【第3部:調和の中で生きる】
第6回|調和させるのではなく、調和の中で生きる ― 無為自然・禅・縄文的在り方との接続
第7回|ホロン的調和としての健康 ― 健康とは、コントロールではなく統合である
第8回|未病を学ぶということ ― 生命の調和を観察し、育てるという知性

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