ホロン的調和と未病:生命の智慧から、健康と生き方を捉え直す(第2回)

ホロンという視点 ― 私たちは「全体であり、部分でもある」存在
はじめに
私たちはふだん、
「個人」と「社会」を別々のものとして考えがちです。
自分らしく生きたいと思えば、社会が窮屈に感じられ、
社会に適応しようとすれば、自分を押し殺しているように感じる。
多くの人が、この引き裂かれた感覚の中で生きています。
では、本当に
「個人」と「社会」は、対立するものなのでしょうか。
この問いに、まったく別の角度から光を当てる考え方があります。
それが、ホロンという視点です。
全体であり、同時に部分でもある存在
ホロンとは、
全体でありながら、同時により大きな全体の一部でもある存在
を指す言葉です。
たとえば、私たちの体をつくっている細胞。
一つひとつの細胞は、
- 自分自身で代謝を行い
- 内部環境を保ち
- 壊れた部分を修復しながら
それだけで「一つの生命単位」と言えるほど、完結した存在です。
同時に細胞は、
組織の一部として、
そして個体全体の一部として、
役割を果たしています。
細胞は、
全体性と部分性を同時に生きている存在
なのです。
ホロンは、生命の基本構造である
この構造は、細胞だけに限りません。
- 原子は、分子の一部でありながら、原子として完結している
- 分子は、細胞の一部でありながら、分子として安定している
- 細胞は、個体の一部でありながら、細胞として生きている
- 個体は、社会の一部でありながら、一人の存在として生きている
生命は、
「部分が集まって全体になる」だけの単純な仕組みではありません。
全体が形成された瞬間、
その全体もまた、さらに大きな全体の部分になります。
この階層構造こそが、
生命が長い進化の過程で獲得してきた、
安定と柔軟性の源です。
人間もまた、ホロンとして生きている
人間も、この構造の中にいます。
私たちは、
- 家族の一員であり
- 職場や組織の一員であり
- 社会の一部であり
同時に、
- かけがえのない一人の存在であり
- 自分なりの感覚や価値観を持ち
- 内面の自由を必要とする存在
でもあります。
ホロンの視点に立つと、
「個人か、社会か」という問いそのものが、
少し的外れであることに気づきます。
本当に問うべきなのは、
どうすれば、
自分の全体性を失わずに、
社会の一部としても生きられるか
という問いなのです。
部分性だけが強調されると、何が起きるか
社会ではしばしば、
- 役割
- 責任
- 規範
- 協調
といった「部分性」が強く求められます。
これは社会を機能させるために必要なことです。
しかし、部分性だけが過度に強調され続けると、
- 自分が何者なのかわからなくなる
- 無理をして適応し続ける
- 心身がすり減っていく
という状態が生じます。
これは、
ホロンとしての全体性が弱くなった状態
と言えます。
多くの未病は、
このような静かなズレから始まります。
全体性だけが強調されても、うまくいかない
一方で、
- 自由だけを求める
- 社会との関係を断つ
- 役割や責任をすべて拒否する
という生き方も、長くは安定しません。
ホロンとしての「部分性」が失われると、
- 孤立
- 無力感
- 関係の断絶
が生じます。
生命は、
全体性か部分性かの二択ではなく、
両立によって成り立っています。
ホロン的調和という考え方
ここで、本連載の中心となる概念を提示します。
ホロン的調和とは、
自分自身の全体性(自律・自由)を保ちながら、
より大きな全体の一部としても、
無理なく機能している状態
を指します。
それは、
- 自分を押し殺すことでもなく
- 社会から逃げることでもありません
生命が長い時間をかけて獲得してきた、
きわめて自然な在り方です。
未病は、ホロン的調和のゆらぎとして現れる
ホロンの視点に立つと、
未病の見え方が変わります。
未病とは、
- 病気の一歩手前
ではなく
- ホロン的調和が静かに崩れ始めた状態
です。
それは、
- 細胞レベルでも
- 個体レベルでも
- 社会レベルでも
同じ構造で起こります。
おわりに ― 次回への橋渡し
私たちは、本来、
調和の中で生きています。
問題は、
その調和がどのように崩れ、
どのように回復しようとしているのかを、
見失ってしまうことです。
次回は、
細胞レベルのホロン的調和に焦点を当て、
生命がどのように
「全体性を失わずに部分性を引き受けてきたのか」
を見ていきます。
それは、
私たち自身の生き方を考えるための、
とても具体的なヒントになるはずです。
「ホロン的調和と未病」は、以下の3部(全8回)で構成されています。
【第1部:未病を問い直す】
第1回|未病とは何か? ― 病気の手前ではなく、「調和のゆらぎ」としての未病
第2回|ホロンという視点 ― 私たちは「全体であり、部分でもある」存在
【第2部:生命はどう調和しているのか】
第3回|細胞レベルのホロン的調和 ― 健康な細胞は、どうやって全体と協調しているのか
第4回|個体レベルのホロン的調和 ― 自分らしさと社会適応は、両立できる
第5回|社会レベルの未病 ― 社会もまた、ひとつの生命システムである
【第3部:調和の中で生きる】
第6回|調和させるのではなく、調和の中で生きる ― 無為自然・禅・縄文的在り方との接続
第7回|ホロン的調和としての健康 ― 健康とは、コントロールではなく統合である
第8回|未病を学ぶということ ― 生命の調和を観察し、育てるという知性

