イライラするのは「性格の問題」ではない〜人間関係の囚われを「守破離」でほどく〜

はじめに
子どもが独立して、夫婦二人の生活になった。
すると、今まで気にならなかった夫の言い方や態度が、なぜか刺さるようになった。ふとした拍子に、何年も前の夫の一言が思い出されて、怒りが湧いてくる。でも「夫婦関係は大切にしたい」「波風を立てたくない」と思って、言えないまま飲み込んでしまう。すると今度は、今日の些細な一言も気に障る——。
こうした状態は、病名がつくほどではないけれど、確かにしんどい「未病」としてよく見られます。眠りが浅い、疲れが抜けない、胃腸が重い、肩や首がこる、気分が晴れない。検査では異常がないのに、生活の質が落ちていく。
原因がはっきりしないだけに、「私の性格の問題なのかも」と自分を責めてしまう方も少なくありません。
ここでいう「未病」は、病名がつかないから放っておく状態ではなく、「このまま続くと、生活の質が落ちたり、病気につながったりしかねないサインが出ている段階」です。早い段階で整えておくほど、回復も早く、こじれにくい。未病のケアは“気のせい”ではなく、“先手の健康づくり”です。
しかし、ここで起きていることは、多くの場合「性格」ではなく、心の働きが“固着”していることです。
主な内容
・囚われ(固着)とは何か:心がそこに貼りついて動けない
・怒りは悪者ではない:怒りは「ここで線を引きたい」のサイン
・ここで役に立つ見取り図:「守破離」を“心のモード”として使う
・モデルケース:夫婦二人になってから、怒りが戻ってきた
・実践:人間関係の囚われをほどく「3ステップ」
・言えそうなら:夫婦関係を壊さない「短い境界線の一文」
・おわりに:過去に引っぱられ過ぎず、いまの自分を守り直す
囚われ(固着)とは何か:心がそこに貼りついて動けない
私たちの心は、ある出来事や関係に“囚われる”ことがあります。
囚われとは、心がある一点に貼りついて、自由に動きづらくなる状態です。ポイントは、出来事そのものよりも、「その出来事が自分にとって何を意味したのか」という“意味づけ”が強く固定されてしまうことです。
とくに、人間関係の囚われでは次の3つを行ったり来たりしやすくなります。
- 自分責め:「私が悪かった」「私が未熟だった」
- 相手責めの反芻:「相手が悪い、許せない(頭の中で同じ場面を繰り返す)」
- 無力感:「どうせ言っても無駄」
この3つの揺れは矛盾ではありません。心が出口を探しているサインです。ただ、出口が見つからないと、揺れそのものが疲労になります。
怒りは悪者ではない:怒りは「ここで線を引きたい」のサイン
怒りが湧くと、「こんなふうに思う私はダメだ」と感じる方がいます。
でも、怒りは本来、あなたの中に「大切にしたいもの」があるから生まれます。尊厳、公平、安心、対等さ、思いやり——そうしたものが傷ついたとき、心は怒りという形で知らせてくれます。
ところが、まじめで誠実な方ほど「人間関係を大切にするべき」という思いが強く、怒りを表現できずに我慢します。すると怒りは外に出る代わりに、内側で“反芻”として燃え続けます。結果として、今の夫の些細な言動まで「また同じことが起きるのでは」と敏感に受け取り、心身が消耗していきます。
ここで役に立つ見取り図:「守破離」を“心のモード”として使う
「守破離」は、学びや修練の世界でよく使われる言葉です。ここでは難しく考えず、心の3つの働きとして捉えてみます。
- 守:大切なものを守るために、我慢し、秩序を保つ力
- 破:今のやり方を少し変えてみる力(更新する力)
- 離:出来事と自己評価を切り離し、軽やかに保つ力
※難しく感じる方は、こう置き換えてください。
守=「我慢して関係を保つ」/破=「小さくやり方を変える」/離=「出来事と自己評価を切り離す」。
大事なのは、守を捨てることではありません。守を活かしながら、破と離を“少しだけ動かす”。この“少しだけ”が、未病をほどく現実的なコツです。
未病としてしんどくなるときは、「守」が悪いのではありません。
むしろ、守だけが強くなり、破と離が動かなくなることで、心が固着しやすくなります。
モデルケース:夫婦二人になってから、怒りが戻ってきた
Aさん(60代女性)。子どもが独立して、夫婦二人の生活になりました。
子育て中は忙しく、夫の言い方に引っかかっても「いまは仕方ない」と流せていた。ところが二人暮らしになると、夫の言動が目につく。ふとした瞬間に過去の夫の言葉がよみがえり、怒りが湧く。でもAさんは「夫婦関係は大切にしたい」と思い、言えない。すると自分の中で、
自分責め(私が未熟)→相手責めの反芻(許せない)→無力感(どうせ無駄)
を繰り返し、心も身体も疲れていきました。
実践:人間関係の囚われをほどく「3ステップ」
ここからは、日常でできる形に落とした実践です。目的は「夫をやり込める」ことではなく、自分の心身を守り直すことです。
ステップ1(守):我慢を否定しない(誠実さを認める)
まずは、守の働きを責めないことから始めます。
「私は関係を大切にしたくて我慢してきた。
それは誠実さであって、弱さではない。」
ここで守を認めると、自分責めが和らぎ、次の一手(破・離)に進みやすくなります。
ステップ2(破):怒りを“反芻”から“仕様書”へ変換する
怒りが出たとき、頭の中で出来事を再生し続けると疲れます。そこで反芻を「短いメモ」に置き換えます。ポイントは、相手を責める文章ではなく、自分の線(境界線)を書くこと。
紙に4行で十分です。
- 嫌だったこと:〇〇と言われた/〇〇の態度を取られた
- 守りたいもの:尊重/対等さ/安心/時間
- 次回の線:その言い方の時は会話を中断する/席を外す
- 代替案:落ち着いてから短く話す/要点だけ伝える
「いつ書くのか」をあらかじめ決めておくと続きます。おすすめは、①イライラした直後に30秒だけ、または②寝る前に3分だけ。紙でもスマホのメモでもOKです。ポイントは“長文にしない”こと。4行を書いたら終わりにして、深追いしない。反芻の代わりに「次の一手」へ切り替える練習になります。
怒りが「攻撃したい」ではなく「次に同じことが起きないために変えたい」に変わります。これが破です。全面的に変えなくていい。小さく更新する(微破)で十分です。
ステップ3(離):「私は悪い」という自己判決から離れる
最後に、自己評価の固定をほどきます。ここが未病にはとても効きます。
- 「未熟だったとしても、それは“学ぶ課題”であって“人格の判決”ではない」
- 「相手の言動は、相手の課題。私の価値の証明ではない」
離は、出来事を忘れることではありません。出来事と“自分の価値”を結びつけ過ぎないことです。
言えそうなら:夫婦関係を壊さない「短い境界線の一文」
準備ができた方だけで大丈夫です。長い説明は不要です。短い一文で“次のルール”を伝えるのがコツです。
- 「その言い方だとつらいです。別の言い方でお願いします」
- 「その話し方の時は、いったん席を外します」
- 「私は〇〇はできません。△△ならできます」
我慢が得意な方ほど、短い線引きが苦手です。でもこの線引きは、関係を壊すためではなく、関係を続けるための技術です。
おわりに:過去に引っぱられ過ぎず、いまの自分を守り直す
過去の人間関係の記憶は、たしかに今の心を揺らします。
でも、過去があなたの今とこれからを決め続ける必要はありません。
守(誠実さ)を大切にしたまま、破(小さな更新)を入れて、離(自己判決から距離を取る)を進める。
この循環が回り始めると、未病としての心身の重さは少しずつ変わっていきます。
大切なお知らせ(医療・相談について)
この記事は、健康づくりのヒントをお伝えするためのものです。診断や治療の代わりにはなりません。
次のような状態が 2週間以上続く、または 日常生活に支障が大きい 場合は、早めに医療機関や専門家へ相談してください。
- 眠れない/食欲が落ちる/気力が出ない
- 動悸・息苦しさ・強い不安が続く
- 気分の落ち込みが強く、家事や外出がつらい
また、今回のモデルは「安全な関係の中での葛藤」を想定しています。もし暴言・威圧・支配などで怖さがある関係の場合は、話し合いよりも安全確保を優先し、身近な相談先や公的窓口につながってください。
Dr.喜多

