健康寿命を延伸する生活原則:黄帝内経(上古天真論)の教え

はじめに

「健康寿命の延伸」という言葉を、私たちはよく耳にします。
長生きできても、寝たきりや要介護の期間が長いのはつらい。だから「元気で動ける年数」を伸ばしたい――それは、とても自然な願いです。

しかし現実には、体は動くのに心がついてこない。あるいは逆に、心は元気なのに体が追いつかない。
だからこそ、そのような心身のズレ(身体の機能と心の働きの乖離)が起こらないようにしたいと私たちは願っています。

そこで、次のように問いかけてみましょう。
「どう生きれば、心身が最後まで“まとまったまま”でいられるのか?」

この問いに、約2000年前の古典が驚くほど明快に答えています。
それが『黄帝内経(こうていだいけい)』の「上古天真論(じょうこてんしんろん)」です(『黄帝内経』については、最後の用語解説を参照)。

主な内容
・形(からだ)と神(こころ)をともに保つ
・結論としての生活の三本柱
・飲食は「節度」を守る
・睡眠に「常」をつくる
・労働の「妄」を避ける
・心を散らさない
・聖人は世俗の中で調える
・7つの原則
・用語解説:黄帝内経(こうていだいけい)
・上古天真論の全文(日本語訳)

形(からだ)と神(こころ)をともに保つ

上古天真論の核は、次の一文です。

能形與神俱,而盡終其天年
(形=身体と、神=こころの働きを、ともに保ち、天から与えられた寿命を全うする) [Source]

ここで面白いのは、「病気にならない」とは言っていないところです。
そして「長生きする」とも言い切っていません。

言っているのはもっと本質的で、
“形(からだ)”と“神(こころの働き)”が、ともに保たれること。
つまり、心身がバラバラにならず、最後までまとまった状態で人生を終えること。

これ、まさに私たちが望む健康寿命のイメージと重なりませんか。

しかし残念なことに、「形と神が別々に弱る」という現象は、日常でよく見かけます。体は元気でも気持ちがついてこない人もいれば、気力はあるのに体が追いつかない人もいる。

だからこそ、ここで一つだけ自分に確認してみたくなります。自分はどちらに傾きやすいタイプだろう――と。

結論としての生活の三本柱

上古天真論の前半は、古代の人がなぜ、形と神をともに保ち、天年を全うできたのかを説明します。
そして結論として提示される生活の骨格が、こちらです。

食飲有節(飲食は節度を守る)
起居有常(起きる・寝るは一定のリズムで)
不妄作勞(むやみに消耗するほど働かない) [Source]

この三点、現代の言葉にすると、とてもシンプルです。

  • 食べ方を“乱さない”(過不足を作らない)
  • 生活リズムを“崩さない”(睡眠と活動の周期を守る)
  • 回復不能なほど“削らない”(オーバーワークを常態化しない)

どれも当たり前のようでいて、現代ほど難しい時代はありません。
24時間明るく、情報は無限で、仕事も人付き合いも境界が曖昧。
「気づいたら崩れている」構造が、日常に埋め込まれています。

三本柱と書くと立派に見えますが、現実には「全て完璧」は難しい。だからこそ、最初の一歩としては“自分が一番崩れやすい柱”を見つけるのが合理的です。

そこで、もしよければ一度だけ整理してみてください。あなたは①飲食 ②睡眠 ③労働のうち、どれが最も崩れやすいでしょう。

自分なりの答えが出たら、①飲食 ②睡眠 ③労働について、上古天真論の教えを順番に見ていきましょう。

飲食は「節度」を守る

「節度」と聞くと、禁欲やストイックな生活を想像する人もいます。
ですが上古天真論が言いたいのは、“正しいかどうか”ではなく、“体がちゃんと回るかどうか”です。

「食べなさい」でも「我慢しなさい」でもなく、
“形と神を一緒に保つ”ために、節度が必要だと言うのです。

過剰に食べると、胃腸が疲れ、睡眠が浅くなり、翌日の集中力が落ちる。
不足しすぎると、筋肉や免疫や気力が落ち、回復が遅れる。
つまり節度とは、“飲食が回復を邪魔しない”状態です。

ここまで読むと、多くの人が「あ、あれだ」と思い当たります。
食べ過ぎた翌日に、眠りが浅い、だるい、気分が重い――そんな経験は珍しくありません。

ここは説教ではなく、身体の仕組みの確認です。あなたにも思い当たる“翌日の重さ”はありませんか。

睡眠に「常」をつくる

健康情報の世界では、
「このサプリ」「この運動」「この食材」が話題になりがちです。

でも、上古天真論は順番が違います。
まず「起居有常」。つまり、一定の生活です。

睡眠が乱れると、食欲が乱れます。
食欲が乱れると、体重が乱れます。
体重が乱れると、血糖や血圧が乱れます。
そして、気分も乱れます。

現代医学の言葉でいえば、これはホルモン・自律神経・脳の複雑な生理の話になりますが、
古典はそれを「常(つね)」の一語でまとめてしまう。

ここに、古典の“強さ”があります。説明が長くならない。
でも、核心は外していない。

この核心に触れると、「睡眠の質」の前に「睡眠の位置(就寝と起床の時刻)」が大事だと感じてきます。
眠りの“深さ”を気にするより前に、眠りの“置き場所(時刻)”が日によって動いていないか。

そこで、現実的なチェックを一つだけ。あなたの就寝時刻と起床時刻は、平日と休日でどれくらいズレていますか。

労働の「妄」を避ける

上古天真論は、努力や活動を否定していません。
否定しているのは「妄(みだり)」です。

「妄作労」とは、ざっくり言えばこういう状態です。

  • 眠りを削って働くのが当たり前
  • 疲労を“感じないふり”が習慣
  • 休日は回復ではなく、刺激で埋める
  • その結果、回復が追いつかなくなる

体力がある人ほど、最初は走れてしまいます。
しかし古典は容赦なく言います。
そういう生活は、結局「半百而衰」(五十歳に満たぬうちに衰える)と。

この一文、怖いのは「当たる」からです。

「休んだのに回復しない」と感じるなら、休み方の問題というより、日常の負荷が“休みで返せる量”を超えているのかもしれません。

ここで自分を責める必要はありません。まず観察です。あなたが「休んだはずなのに回復していない」と感じる日は、どんな過ごし方をしているでしょう。

心を散らさない

次の段(上古天真論の続き)に入ると、視点がもう一段深くなります。
生活の外側にあるストレス(環境・気候・人間関係など)と、内側(心の動き)の関係です。

虚邪贼风、避之有时
恬惔虚无、真气从之
精神内守、病安从来 [Source]

意訳すると、こうです。

  • 外から入ってくる害は、時に応じて避ける(無防備に浴びない)
  • 心を欲望で過度に煽らず、静かに保つ
  • そうすれば、体の働き(真気)は乱れず、精神は内に守られ、病は入りにくい

ここでは、「精神内守」という言葉に注目しましょう。
現代の生活に置き換えると、こう言い換えるのが実用的だと思います。

「心が外へ外へと散り続ける状態を、毎日いったん止める」

私たちは“心が散る仕組み”の中に住んでいます。

現代社会における“心の散りやすさ”は、意志の弱さではなく環境設計の問題です。通知、SNS、ニュース、連絡――引っ張るものが多すぎる。

だからこそ、ここでもまずは現状把握から入るのがよい。

あなたは一日に何回くらい、通知や情報で集中が切れているでしょう。さらに、散りやすいのは朝・昼・夜のどの時間帯でしょう。

聖人は世俗の中で調える

上古天真論の後半には、理想的な人間像が階段状に描かれます。
真人、至人、聖人、賢人――と続くのですが、一般の生活者がいちばん真似しやすいのは「聖人」のところです。

なぜなら、聖人は「世を捨てろ」と言わず、 次のように言うからです。

適嗜欲於世俗之間(世俗の中で嗜欲をほどよく調える)
外不勞形於事(外では仕事・用事によって身体を削りすぎない)
內無思想之患(内では思慮が患い(悩み)を生むことがない) [Source]

これ、堅い言葉に見えるのですが、内容はとても一般向けです。

  • 欲をゼロにしろ、とは言わない
  • ただ、ほどよく調えよ、と言う
  • 仕事をするな、とは言わない
  • ただ、削りすぎるな、と言う
  • 考えるな、ではない
  • ただ、悩みの反芻を止めよ、と言う

このように言われると、聖人の生活が禁欲でも隠遁でもなく、“調整の技術”であることが見えてきます。
だとすれば、現代の私たちが最初に調整すべきポイントも、案外はっきりしてきます。

あなたにとって「ほどよく調える」としたら、まず何を一段ゆるめるのが現実的でしょう。夜更かし、飲酒、仕事量、情報量、対人ストレス――どれが一番効きそうですか。

7つの原則

最後に、この記事を“読み物”で終わらせず、持ち帰れる形にします。
上古天真論の内容を、一般の方向けに「やさしい7原則」に直すなら、こうです。

  1. 生活のリズムを守る(まず睡眠の土台)
  2. 食べ方は“過不足”を作らない(飲食の節度)
  3. がんばり方は“回復込み”で設計する(妄作労を避ける)
  4. 形(体)と神(心の働き)をセットで守る(片方だけ整えない)
  5. 外からの害は、避け方を工夫する(無防備に浴びない)
  6. 心が散る時間を減らす(精神内守)
  7. 世俗の中で調える(聖人の調整の技術)

原則を並べると多く見えますが、実行するのは一つずつで十分です。まず「最初の一手」を決めるだけで、生活は動き始めます。

そこで、締めの問いはこれだけにしましょう。

明日から一つだけ選ぶなら、あなたはどれを先に調えますか(睡眠/飲食/働き方/情報/心の静けさ)。

おわりに

「健康寿命の延伸」はとても重要な課題ですが、ときに数字だけが独り歩きします。
上古天真論が示すのは、数字ではなく姿です。

形と神をともに保ち、天年を全うする。

この言葉は、古いからこそ、逆に強い。
時代が変わっても、人間の回復の仕組みは変わらないからです。

用語解説:黄帝内経(こうていだいけい)

『黄帝内経』は、古代中国で形づくられた伝統医学の古典で、日本の漢方医学や鍼灸医学にも大きな影響を与えた書物です。内容は「病気になってから治す」以前に、「どう生きれば心身の働きが乱れにくいか」という“養生”の視点を強く持っています。

『黄帝内経』は大きく 『素問(そもん)』 と 『霊枢(れいすう)』 の二部から成り、人体の見方、季節と体調の関係、食事・睡眠・働き方・感情との付き合い方などが対話形式で語られます。今回引用した「上古天真論(じょうこてんしんろん)」は『素問』の冒頭に置かれた章で、「形(からだ)」と「神(こころの働き)」をともに保ち、天から与えられた寿命=「天年(てんねん)」を全うするための生活原則が、短い言葉で凝縮されています。

上古天真論の全文(日本語訳)

1.

昔、黄帝という聖王がいた。生まれながらにして精神は霊妙で、幼くして言葉をよく解し、幼少のころにはすでに整斉(きちんとした道理)に従い、成長してからは篤実で聡明であり、成熟してついには天に登った。

そこで黄帝は天師に問うて言った。
「私は聞くところによれば、上古の人々は、みな百歳を超えるほど長寿でありながら、動作は衰えなかったという。ところが今の時代の人は、五十歳にも満たないうちに動作がみな衰えてしまう。これは時代や世のありさまが変わったのか、それとも人がその道を失ってしまったのか。」

岐伯が答えて言った。
「上古の人々は、道を知る者は、陰陽の法則に則り、術数(天地自然の理に基づく方法)と調和し、飲食には節度があり、起居(起きる・寝る)には一定の規則があり、みだりに労して消耗することがなかった。ゆえに身体(形)と精神(神)をともに保ち、天から与えられた寿命を最後まで全うし、百歳を超えてのちに世を去ったのである。

しかし今の人はそうではない。酒を水のように飲み、みだりに労することを常とし、酔って房事に入り、欲望によってその精(生殖・生命の根)を尽くし、真(真気)を消耗散乱させている。満ちた状態を保つことを知らず、時に応じて精神を統御することもせず、ただ心の快のみを務め求め、生命を養う楽しみに背いている。起居にも節度がない。ゆえに五十歳に満たぬうちに衰えるのである。」

2.

そもそも上古の聖人が民を教え導くにあたっては、皆こう説いた。
「虚邪・賊風(身体を害する外からの邪気)は、時に応じて避けよ。心は恬淡虚無(静かで欲をあおらぬ境地)に保てば、真気はそれに従って整う。精神を内に守っていれば、病がどこから入ってこようか」と。

だからこそ、志(こころざし・心の向き)は閑(しず)かで欲は少なく、心は安らかで恐れない。身体は働かせても疲れ果てず、気はそれに従って順らかに巡る。おのおのが自分の欲するところに従い、皆が願いを得るのである。

ゆえに、食は美味しく感じ、衣はそのままに任せ、風俗を楽しみ、高き者も低き者も互いに羨ましがらない。その民はゆえに「朴(素朴)」と言われる。

こうして、嗜欲(欲望)は目を疲れさせることができず、淫邪(みだらな邪心)は心を惑わすことができない。愚かであれ賢くあれ、善人であれ不肖であれ、物(外界の事物)におびえない。ゆえに道と合する。

だからこそ年は皆、百歳を越えてもなお、動作が衰えないのである。それは、その徳が全うされていて危うくないからである。

3.

省略

4.

黄帝が言った。
「私は聞くところによれば、上古には『真人』という人がいたという。天地を提げて引き、陰陽を把握し、精気を呼吸し、独り立って神(精神)を守り、肌肉は一つのようにまとまっている。ゆえに天地が尽きるほどの長寿を得て、終わる時がない。これはその道が生み出すところである。

中世の時代には『至人』という人がいた。徳は純で、道は全く、陰陽と調和し、四時(四季)の運行に合わせ、世を去り俗を離れて、精を積み神を全うし、天地の間を遊行する。視聴は八方の外にまで達する。これはおそらく、その寿命をさらに増し、身を強くする者であり、また真人へと帰する。

その次には『聖人』がいる。天地の和の中に身を置き、八風(四方からの風・外界の変化)の理に従い、世俗の中で嗜欲(欲望や好み)をほどよく調える。恚嗔(いかり)の心を持たず、行いにおいても世を離れようとはせず、衣服も章(かざり)を身にまとって、挙措(ふるまい)も世俗から隔絶しようとはしない。外では事(仕事・用事)によって身体を削りすぎず、内では思慮が患い(悩み)を生むことがない。恬(しず)かで愉(たの)しいことを務めとし、自ら得ることを功とする。形体は疲弊せず、精神は散らない。ゆえに、百歳ほどまで生きることもできる。

その次には『賢人』がいる。天地を法則とし、日月に象(かたど)り、星辰を分け列ね、陰陽に逆らうことなく従い、四時を弁別する。上古に従って道と合同しようとする。そのゆえに寿命を増すことはできるが、極まる時(限り)はある。」

中国哲学書電子プロジェクト(簡体字中国語版)をAIで翻訳しました。

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健康寿命を延伸する生活原則:黄帝内経(上古天真論)の教え” に対して1件のコメントがあります。

  1. 松浦元一 より:

    私にとってタイムリーな内容でした。ありがとうございます。私は、先ずは睡眠する時刻を1時間早くするところから始めていこうと思いました。

松浦元一 へ返信する コメントをキャンセル

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