漢方未病養生塾 第5期 第3回健康講座 講義録

開催日:2025年12月27日
講師:喜多 敏明 先生
(一般社団法人漢方未病教育振興協会 理事長、辻仲病院柏の葉 漢方未病治療センター長)

吉田松陰の言葉「学は人たる所以を学ぶなり」

目次

  • 1. 未病に対する漢方医学の考え方
  • 2. 風邪の漢方治療は合理的
  • 3. 風邪をひきやすい人は未病
  • 4. 質疑応答

導入:講師の体験談

喜多先生ご自身の直近の体験として、放送大学での2日間集中講義後の腰痛についてお話しがありました。立ちっぱなしの講義の後、右下腹部に痛みが生じ、一時は尿管結石を疑いましたが、検査の結果は異常なし。「検査では異常がないが症状がある」という、まさに未病の状態でした。

AIを活用して調べた結果、座りすぎによる腸腰筋の痛みが疑われ、漢方薬の腸癰湯(N320)疎経活血湯(53番)を服用。1週間程度で改善が見られました。

ポイント:
検査して異常がなくても症状がある状態、これが「未病」です。放置せず対処することが重要です。その際に、これまでの生活を見直して、原因と考えられる要素を少しでも改善することを意識しましょう。

第1部: 未病に対する漢方医学の考え方

1-1. 未病とは何か

未病とは「健康と病気の間の不健康な状態」を指します。大きく分けて二つのタイプがあります。

【東洋型未病】(伝統的な未病)
自覚症状はあるが、検査では異常が見つからない状態です。痛み、だるさ、冷えなどが該当します。漢方医学が2000年前から扱ってきた領域です。

【西洋型未病】(現代的な未病)
自覚症状はないが、検診などで数値の異常が見つかる状態です。コレステロールや血糖値が高め、肥満傾向などが該当しますが、まだ薬物治療をするほどではない段階です。

1-2. 未病になる三大要因

未病を引き起こす要因は主に以下の三つに分類されます。

要因 未病タイプ 主な症状 漢方診断
ストレス メンタル未病 精神的不調 気鬱・気逆
生活習慣 トキシック未病 メタボ・炎症 瘀血・水滞
加齢変化 フレイル未病 虚弱・筋力低下 気虚・血虚・腎虚

特にトキシック未病は体の中に毒が溜まって炎症を引き起こしている状態、フレイル未病は加齢により筋力が低下し、転倒や骨折のリスクが高まっている状態(虚弱)を指します。

1-3. 漢方未病の特徴

漢方医学の視点では、未病には以下のような特徴があります。

  1. 気血水の異常がある:
    細胞を取り巻く環境が悪化しており、自然治癒力が低下しています。そのため、病気になりやすく、治りにくい状態です。
  2. 検査で異常が出ない:
    西洋医学的には「病人」として扱われず、誰にも理解してもらえないことが新たなストレスとなり、悪循環に陥ることがあります。
  3. 漢方で治療可能:
    気血水の異常を正常化することで、自然治癒力を活性化させることができます。「一に養生、二に漢方」が基本です。

第2部: 風邪の漢方治療は合理的

2-1. 受講生の体験談

事前のアンケートでは、多くの方が「葛根湯」を使用しており、「風邪かもと思ったらすぐに飲む」ことで悪化を防いでいる例が多く見られました。一方で、飲むタイミングが遅くて効かなかったという失敗談や、喉の痛みには「桂麻各半湯」、咳が残る時には「麦門冬湯」など、症状に応じて使い分けている方もいらっしゃいました。

2-2. 風邪の基礎理論

漢方では、かぜを「邪気(悪い気)」と「正気(自然治癒力)」の戦いと考えます。特に「風邪(ふうじゃ)」や「寒邪(かんじゃ)」が体内に侵入することで発症します。

  • 傷寒(しょうかん): 寒邪に傷られる重症のかぜ(インフルエンザなど)。麻黄湯が適応。
  • 中風(ちゅうふう): 風邪に当たる軽症のかぜ。桂枝湯が適応。

2-3. 麻黄湯と桂枝湯の違い

麻黄湯(27番):
悪寒発熱、節々の痛みが強い「傷寒」に使います。麻黄(交感神経刺激)と桂枝(温める)の作用で、強力に発汗させて邪気を追い払います。

桂枝湯(45番):
自然に汗が出るような軽いかぜ「中風」に使います。体のバリア機能(衛気)と栄養(営血)のバランス(営衛不和)を整えます。

2-4. 葛根湯と桂麻各半湯

葛根湯(1番):
桂枝湯と麻黄湯の成分を併せ持つ中間的な処方です。「とりあえず葛根湯」というのは理にかなっていますが、飲むタイミングが極めて重要です。寒気がして熱が上がり始めた「引き始め」に飲むべきで、咳や痰が出てからでは遅すぎます。

桂麻各半湯(037番):
桂枝湯と麻黄湯を各半分ずつ合わせた処方で、喉の痛みがある場合などに効果的です。

2-5. 表・裏・半表半裏の概念

風邪・寒邪が体のどこにあるかによって治療法が変わります。

  • 表(ひょう): 体表面。発汗療法で治す(麻黄湯、桂枝湯、葛根湯など)。
  • 裏(り): 消化管。瀉下法(便と一緒に出す)で治す。
  • 半表半裏: その中間。こじれた状態。和解法(小柴胡湯など)で治す。

2-6. 陽証と陰証

体力の充実度によっても薬が変わります。

  • 陽証: 正気が邪気と戦える状態。
  • 陰証:
    正気が衰えており、戦えない状態。温めて補う必要があります。麻黄附子細辛湯(127番)が適応となります。風邪の引き始めから非常にだるい人は陰証の可能性があります。

2-7. おまけ: 香蘇散と参蘇飲

胃腸が虚弱で、葛根湯などが飲めない方には、シソの葉(蘇葉)を使った漢方が有効です。

  • 香蘇散(70番): 風邪の引き始めに。
  • 参蘇飲(66番): 少しこじれて咳や痰が出る時に。
風邪の漢方薬まとめ

  • 引き始め・寒気・肩こり → 葛根湯
  • 喉が痛い → 桂麻各半湯
  • インフルエンザ・節々の痛み → 麻黄湯
  • 汗が出る・軽い風邪 → 桂枝湯
  • 胃腸が弱い人 → 香蘇散
  • とにかくダルい(陰証) → 麻黄附子細辛湯

第3部: 風邪をひきやすい人は未病

3-1. 風邪予防の漢方薬

風邪をひきやすい人は、普段から参耆剤(じんぎざい)と呼ばれる、人参と黄耆を含む漢方薬を服用することで予防が可能です。

  • 補中益気湯(41番)
  • 十全大補湯(48番)
  • 人参養栄湯(108番)

これらは「補剤」とも呼ばれ、疲れやすい、だるいといった症状を改善し、免疫力を高めます。また、冷え性の改善も免疫力アップにつながります。

3-2. 健康的な生活とは

健康な人は生命力(自然治癒力)が旺盛ですが、未病の人は気血水の異常という「雲」がかかっており、生命力が十分に発揮されません。

多くの人が送っている「普通の生活」とは、「痛みを避けて快楽を求める」生活です。これは短期的な幸せは得られますが、長期的には不健康(未病)を招き、苦痛をもたらします。対して「養生」とは、長期的な健康と幸福を目指す生き方です。

3-3. 自業自得と自因自果

仏教的な視点から養生を捉えると、「自業自得」すなわち自分の行い(業)が結果をもたらすという理解が重要です。行いには、体の行動だけでなく、言葉(口)や思考(意)も含まれます。

結果には「因(直接的な原因)」と「縁(間接的な条件)」があります。種(因)がなければ花(果)は咲きません。太陽や水(縁)は大切ですが、根本原因は自分の中にあります。「他因自果(他のせいで自分に結果が起きた)」と考えるのは誤りであり、自分の生活習慣や思考の癖を見直し、改善していくことこそが養生の本質です(自因自)。

質疑応答

Q1. 物忘れは未病でしょうか?認知症との違いは?

物忘れは未病です。「忘れたことを覚えている」のが物忘れで、「忘れたこと自体を忘れてしまう」のが認知症です。「最近物忘れするな」と自覚があるうちは未病の段階です。
特にリタイア後の男性は認知症が進みやすいため、現役時代から退職後の活動(ボランティアなど)を準備し、社会とのつながりを保つことが大切です。

Q2. 漢方薬の使用期限について教えてください。

使用期限は薬局で販売できる期限です。期限が切れても効果がゼロになるわけではなく、若干落ちる程度です。粉薬が湿気て固まっていなければ、古いものでも基本的には服用して問題ありません。

Q3. 後鼻漏は未病ですか?

耳鼻科で慢性鼻炎や慢性副鼻腔炎(蓄膿症)があると言われれば病気ですが、そうでなければトキシック未病に該当します。体の中に毒が溜まり、炎症を起こしている状態です。瘀血に対する養生が効果的で、毒(化学薬品、農薬、食品添加物など人工のもの)を入れないようにして、デトックスを心がけましょう。

講師:喜多 敏明(きた としあき)
一般社団法人漢方未病教育振興協会 理事長、辻仲病院柏の葉 漢方未病治療センター長。
日本東洋医学会 千葉県部会長、日本未病学会 東洋医学部会担当理事。漢方医学の普及と専門家の育成に尽力している。