「運動できない」は意志の弱さじゃない:0→1から始める、続く健康づくり

はじめに:分かっていても、動けないのは普通です
「運動したほうがいいのは分かっている。でも、つい先延ばしにしてしまう」
この悩みはとても一般的です。ここで大切なのは、自分を責めすぎないことです。多くの場合、問題は性格ではなく、日々の生活の中での「始め方」が整っていないことにあります。
この記事では、散歩・早歩き・軽いジョギング・階段・スクワット・ストレッチなど、無料で気軽にできる動きを中心に、続けやすいコツをまとめます。後半では、健康づくりを支援する専門家や医療者がよく使う「意思決定の整理」を紹介します。少し専門的ですが、理屈が分かると取り組みやすくなる方もいます。
主な内容
・まず大前提:運動は「立派にやる」より「始める」を大切にする
・無料で気軽にできる運動:生活に入れやすい順に
・先延ばしを減らすコツ:やる気に頼らず、合図で始める
・ガイドラインは目安として持ちつつ、最初は小さく積む
・ここから先は専門家・医療者向けの話です(でも一般の方にも役立ちます)
・行動は「意志の強さ」だけで決まらない:意思決定は競合の調整で起きる
・先延ばしの見立て:ボトルネックは3種類に分かれる
・支援の要点:励ますより「開始条件を整える」
・一般の方へ:理屈が分かると、立て直しが早くなる
・今日できることを、できる範囲で。そして次の段階へ
まず大前提:運動は「立派にやる」より「始める」を大切にする
運動が続かないとき、多くの人は「時間がない」「やる気が出ない」と感じます。しかし実際には、運動のいちばん高い壁は「長くやること」よりも、「最初の一歩を踏み出すこと」にあります。靴を履く、外に出る、立ち上がる。こうした“開始前”の手間が大きいほど、先延ばしが起きやすくなります。
そこでおすすめは、運動の定義をいったん軽くすることです。最初から「30分歩く」「毎日走る」ではなく、「0を1にする」ことを目標にします。たとえば「玄関まで行く」「その場で足踏み30秒」「ストレッチを1つだけ」。こうした小さな行動でも、健康づくりの流れを止めないという点で大きな意味があります。
無料で気軽にできる運動:生活に入れやすい順に
散歩:まずは外に出ることから
散歩は道具もいらず、始めやすい運動です。いきなり距離や時間を決めるより、「角まで」「コンビニまで」など目的地を小さくすると動き出しやすくなります。気分が乗らない日は、外に出て戻るだけでも構いません。止めないことが大切です。
早歩き:短時間でやった感が出やすい
時間がない人には早歩きが向きます。ずっと早歩きにしようとすると続かないので、「信号までだけ」「駅の階段までだけ」など区間を決めると負担が軽くなります。
軽いジョギング:走れる日は少しだけ
ジョギングはハードルが高く見えますが、「歩きの途中で20〜30秒だけ走る」という形なら入りやすいです。走ったかどうかより、外に出て身体を動かした事実を重ねるほうが続きます。
階段:日常に混ぜやすい
階段は、わざわざ運動の時間を作らなくても生活に混ぜられます。「全部階段」にすると続かないことが多いので、「1フロアだけ階段にする」「上りだけ階段にする」など小さく決めると安定します。
スクワット:家の中でできる筋トレ
スクワットは下半身の筋肉を使う基本動作で、家の中でもできます。最初は回数より「やった」という事実を作ることが重要なので、3回からで十分です。歯磨きの前後、湯沸かしの待ち時間、テレビのCM中など、日常の隙間に入れると続きます。
ストレッチ:疲れている日に役立つ
疲れている日は、強い運動を選ぶほど先延ばしになりがちです。そういう日はストレッチが役に立ちます。寝る前に1つだけ、20〜60秒程度でも構いません。「今日はストレッチだけ」を許せると、途切れにくくなります。
先延ばしを減らすコツ:やる気に頼らず、合図で始める
「やる気が出たら運動する」という方法は、忙しい日ほど破綻しやすくなります。おすすめは、運動を“気分”ではなく“合図”で始めることです。合図は、毎日必ず起きる出来事にします。
たとえば、歯磨きが終わったらスクワット3回。帰宅して鍵を置いたら家の周りを1周。朝コーヒーを淹れたら足踏み30秒。こうした形にすると、「やるかどうか」を考える場面が減ります。考える回数が減ると、先延ばしが減ります。
ガイドラインは目安として持ちつつ、最初は小さく積む
健康情報では「週150分程度の中強度の運動」などを見かけます。こうした推奨は、方向性としては有用です。WHOでも成人は週150分以上の中強度運動、またはそれに相当する活動量などが示されています[Source]。
ただ、最初からその数字を達成しようとして挫折する人は少なくありません。まずは「0の日を減らす」「短くても始める」を優先し、余裕が出てきたら合計時間を増やしていくほうが現実的です。
ここから先は専門家・医療者向けの話です(でも一般の方にも役立ちます)
ここからは、健康づくりを支援する側がよく使う「意思決定の整理」を紹介します。
専門用語も少し出ますが、難しい理論を学ぶというより、「なぜ分かっているのにできないのか」を説明し、対策を選びやすくするための枠組みです。理屈が分かると、自分を責めずに取り組み方を変えられるようになります。
行動は「意志の強さ」だけで決まらない:意思決定は競合の調整で起きる
運動するかどうかは、「やる気がある/ない」の二択だけではありません。実際には、心身の状態や習慣、周囲の環境、目先の用事など、複数の要素が同時に候補を出し合い、どれが通るかが決まります。
ここで使える整理は次の三つです。
第一に「候補(選択肢)を生成する働き」です。散歩に行く、階段を使う、今日はやめる、明日まとめてやる、などの候補が頭の中に上がります。
第二に「価値づけ」です。疲れているから休みたい、仕事を片付けたい、運動すると気持ちがよい、健康のために必要だ、など、それぞれの候補に点数が付きます。
第三に「実行制御(意志)」です。これは新しい力を生むというより、候補同士が競合したときに、どれを通すか、どれを止めるか、どれを続けるかを調整する働きとして理解すると扱いやすくなります。
先延ばしは、このどこかが欠けているというより、特定の状況で競合の結果が「運動しない」側に傾くことで起きます。
先延ばしの見立て:ボトルネックは3種類に分かれる
運動の先延ばしを支援する上で重要なのは、「何がボトルネックか」を分けて考えることです。
一つ目は候補生成の問題です。運動が「30分」「汗」「着替え」など重い定義になっていると、候補が最初から却下されます。この場合は、候補を軽くして数を増やすことが介入になります。30秒の足踏みや、スクワット3回のように、却下されにくい候補を常備するのが効果的です。
二つ目は価値づけの問題です。運動の利益は遅れて現れますが、休む快適さやスマホの誘惑はすぐに得られます。ここでは「健康にいい」説明を増やすより、運動側の即時の得点を増やす工夫が有効です。好きな音声コンテンツを歩くときだけ聞く、短時間で切り上げて達成感を作る、誰かに報告するなど、負担を増やさずに得点を上げる方法が現実的です。
三つ目は実行制御の問題です。忙しさ、睡眠不足、空腹、ストレスが強い日などは、実行制御が働きにくくなり、先延ばしが起きやすくなります。この場合の基本は、実行制御に頼る場面を減らすことです。つまり「合図で始める」など、考えなくても動き出せる仕組みを作ります。
支援の要点:励ますより「開始条件を整える」
運動が続かない人に対して、「頑張りましょう」「運動は大事です」と伝えることは正しい一方で、それだけでは変わりにくいことがあります。支援として効果が出やすいのは、運動の良さを追加するより、開始の条件を整えることです。
運動を生活の中に入れるとき、最初にやるべきは、長いメニューを提案することではありません。短い候補を用意し、合図を決め、できた日は短くても成功として扱う。これを繰り返すうちに、本人の中で「運動が始まる条件」が整っていきます。そうなると、歩く時間や回数は結果として伸びやすくなります。
一般の方へ:理屈が分かると、立て直しが早くなる
先延ばしをした日は、「自分はダメだ」と結論を急ぎがちです。しかし意思決定の整理を知っていると、見方が変わります。
今日は候補が重すぎたのか、価値づけが休息側に傾く条件だったのか、実行制御が働きにくい日だったのか。原因が分かると、対策は小さく選べます。30秒の候補に落とす、合図を変える、疲れている日はストレッチにする。こうした調整ができると、途切れても戻れます。
おわりに:今日できることを、できる範囲で。そして次の段階へ
健康づくりは、続けられる形に整えるほど楽になります。無料で、気軽で、短くて構いません。散歩でも、階段でも、スクワットでも、ストレッチでも、今日できるものをひとつだけ。できたらそれで十分です。
そして、ここが大事な点です。いったん「0→1」ができると、その後は、運動の回数や時間や負荷を増やしていくことが、最初の一歩よりも簡単になります。理由は単純で、運動そのものが楽になるというより、「始めるための手間」や「迷い」が減っていくからです。合図で始める、短く終えても成功として扱う、生活に混ぜる。こうしたやり方が身につくと、同じ行動でも取りかかりやすくなります。
まずは30秒や1分でかまいません。次は3分、次は5分。歩ける日が増えてきたら、早歩きの区間を少しだけ伸ばす。階段ができたら、1フロアを2フロアにする。スクワット3回ができたら、5回にする。こうした小さな増やし方なら、無理が出にくく、途中で崩れても戻りやすい形が作れます。
「できることを、できる時に、できるだけ」。その積み重ねは、確かな変化につながります。
Dr.喜多

