50歳の尿管結石が教えてくれたこと ── 哲学から実践へ、そして希望へ

心身一如の生命学(体験記)

プロローグ: 2010年6月10日、朝6時 ── 痛みが開いた扉

その朝、私は痛みで目を覚ました。

2010年6月10日、木曜日、午前6時。自宅の布団の中で、腹部全体を襲う激痛。まるで内側から何かが引き裂こうとしているような、容赦のない痛み。寝返りを打ちながら、数分間、私は医師としての冷静さを保とうとした。「これは何だ? 胃腸炎か? いや、痛みが右下腹部に限局してきている。虫垂炎か尿管結石かもしれない」

病院を受診し、検査の結果、診断は「右尿管結石」。点滴ルートを確保され、鎮痛剤と鎮痙剤の点滴静注を受ける。医師としての私は、手慣れた治療手順を、今度は患者として体験していた。

しかし、その日は木曜日。外来診療の日だった。

午前中に予約されている患者さんたちにキャンセルの連絡をしてもらい、座薬で痛みを抑えながら、私は午後からの外来に駆けつけた。「患者さんに迷惑をかけるわけにはいかない」。その思いが、痛みを上回っていた。

あの時、私は気づいていなかった。この痛みが、単なる「病気」ではなかったことに。それは、生命からの、切実なメッセージだった。「今のままでは、いけない」という。

50歳。25年間、心身一如の漢方医学で患者さんを癒してきた私が、自分自身の心身の分断に、まったく気づいていなかった。「生涯現役」を理想に掲げていた私が、50歳で倒れた。

この逆説が、私に何を教えようとしていたのか。それを理解するまでには、時間がかかった。しかし今、15年が経過した今、私ははっきりと言える。

あの痛みは、チャンスだったと。

 

第一部: 哲学 ── なぜ私は倒れたのか

1. 充実という名の盲目

尿管結石になる前、私の日々は充実していた。いや、少なくとも、そう信じていた。

漢方外来では、心身の不調で苦しむ患者さんたちが、私の診察を待っていた。西洋医学では「検査に異常なし」と言われ、途方に暮れている人々。心身一如の漢方治療は、彼らに驚くべき効果をもたらした。「ありがとうございます」「先生のおかげで人生が変わりました」。そんな言葉が、毎日のように私に届いた。

診療だけではない。千葉大学の准教授として、私は教育と研究にも従事していた。学生たちに漢方医学を教え、論文を書き、学会で発表する。さらに、全国各地の講演会に講師として招かれ、週末も飛び回っていた。

やりがいがあった。充実していた。しかし、その充実の影で、何かが静かに崩壊していた。

私自身の心身が、分断していたのだ。

典型的な一日を振り返ってみよう。午前7時起床。9時から17時まで診療。17時以降は教育の準備と研究。帰宅は深夜。夕食は22時を過ぎることが多かった。就寝は午前1時。睡眠時間は6時間。運動は? まったくしていなかった。身体を動かす時間など、どこにもなかった。

食事は不規則だった。講演会で外食が多く、普段は帰宅後に遅い夕食。発酵食品や野菜を意識的に摂る余裕など、なかった。

患者さんには、こう言っていた。「養生が大切です。運動、食事、睡眠を整えてください」。しかし、私自身は? 養生など、まったく実践していなかった。

これは、単なる個人的な怠慢だったのだろうか? いや、違う。後に私は気づくことになる。これは、現代文明が生んだ、構造的な問題だったのだと。

2. 三つのモードの分断 ── 哲学的考察

この連載『心身一如の生命学』で、私は「人間存在の三つのモード」について語ってきた(※)。

  • 動物的・肉体的モード: 身体の声に耳を傾け、自然のリズムに従う生き方
  • 超越的・精神的モード: 意味や目的を求め、より高い理想に向かう生き方
  • 人間的・心身的モード: この二つを統合し、社会の中で調和的に生きる生き方

(※第1話「人間存在の三つのモード物語」参照)

尿管結石になる前の私を、この枠組みで分析してみると、何が見えてくるだろうか?

動物的・肉体的モード: 完全に無視

私の身体は、毎日のように叫んでいたはずだ。「疲れた」「休みたい」「動きたい」「ちゃんと食べたい」「もっと眠りたい」。しかし、私はその声を、完全に無視していた。

睡眠6時間。運動ゼロ。不規則な食事。これは、動物的・肉体的モードの完全な軽視だった。まるで、身体は精神の奴隷であり、意志の力でいくらでも酷使できると信じているかのように。

超越的・精神的モード: 過剰な傾斜

一方で、私は「生涯現役」という理想に固執していた。「患者さんを救う」という使命感。「漢方医学を広める」という志。これらは、崇高な目的だった。しかし、それが過剰になると、身体を犠牲にする正当化の理由になってしまう。

「理想のためなら、身体は後回しでいい」。無意識のうちに、私はそう考えていた。

人間的・心身的モード: 社会的役割への埋没

医師として、教育者として、研究者として。私は、社会的役割に完全に埋没していた。患者さん、学生、学会、講演会。すべての「外側」の期待に応えようとして、自分自身という「内側」の生命を、見失っていた。

これは、私個人の失敗だろうか? いや、そうではない。この「三つのモードの分断」は、現代文明が生んだ、構造的問題なのだ(※)。

(※第2話「文明という名の長い変容物語」参照)

文明は、私たちを自然のリズムから切り離した。電気の発明は、夜を昼に変え、概日リズムを狂わせた。デスクワークは、身体を動かす必要性を奪った。都市生活は、太陽の光、土の感触、季節の移ろいを、私たちの日常から遠ざけた。

私の尿管結石は、個人的な不摂生の結果というよりは、現代文明の歪みが、一人の医師の身体に結晶化したものだった。

3. 「完璧な医師」という虚構

もう一つ、私を縛っていたものがあった。「完璧な医師でありたい」という、無意識の強迫観念だ。

医師は、病気にならない。医師は、常に健康でなければならない。医師は、患者を癒す側であって、癒される側ではない――。

こんな幻想を、私は無意識のうちに抱いていた。だから、尿管結石になった日も、午後から外来に駆けつけた。「患者さんに迷惑をかけられない」。その思いの裏には、「医師が病気で休むなど、あってはならない」という、硬直した観念があった。

しかし、考えてみれば、これも近代西洋医学の機械的思考の反映だった(※)。

(※第4話「西洋医学の変容と機械的思考」参照)

身体は機械だ。壊れたら修理すればいい。意志の力で、身体を制御できる。医師という職業は、その「修理工」だ――。

しかし、生命は機械ではない。生命は、複雑で、繊細で、リズムを持ち、限界を持つ。どんなに崇高な理想を掲げようとも、身体が悲鳴を上げれば、いつか必ず倒れる。

尿管結石という痛みが、私に教えてくれたこと。それは:

身体は、精神の奴隷ではない。
心身は「一如」であり、どちらが上でも下でもない。
私は、このことを頭では知っていたが、生きてはいなかった。

「心身一如」を説く医師が、最も心身分断していた。この痛烈な逆説こそが、私の変容の起点となった。

 

第二部: 実践 ── どう立ち上がったのか

4. 心を入れ替えて ── 養生への目覚め

尿管結石の痛みは、結石排出促進剤と鎮痙剤を2週間飲み続けても、スッキリとは治らなかった。時々、鈍痛が続く。そこで、漢方医である私は、猪苓湯を服用した。すると、1週間ほどで結石が溶け、症状も楽になった。

漢方の力を、自分の身体で実感した瞬間だった。しかし、もっと大きな気づきがあった。

「漢方薬だけでは、足りない」

いくら漢方で治療しても、生活習慣がそのままなら、また同じことが起こる。私は、心を入れ替える決意をした。「生涯現役」という理想は変えない。しかし、そのためには、今、生き方を変える必要がある

そして、私は始めた。25年間、患者さんに説いてきて、自分ではまったく実践していなかった「養生」を。

【運動: ジョギングから始まった身体の復権】

まず、ジョギングを始めた。週に3回、外来診療を終えた夕方に、近所の公園を走る。

最初は、惨憺たるものだった。少し走っただけで、心臓がバクバクし、呼吸がハーハーと荒くなる。10年以上、運動をまったくしていなかった身体は、想像以上に衰えていた。

しかし、私は医師らしい工夫をした。心拍数をモニターできる小さな装置を装着し、データを記録し始めたのだ。客観的なデータが改善していくのを確認することで、継続の動機が保てた。

最初は160を超えていた心拍数が、徐々に上がらなくなっていった。身体が、運動に適応していく。呼吸も楽になる。走る距離が、少しずつ伸びていく。

そして、6年後。私は、ハーフマラソンを完走した。

この変化は、私自身にとっても驚きだった。しかし、それ以上に驚いたのは、運動がもたらす心の変化だった。

走っていると、頭が空っぽになる。日中の診療のストレスが、汗とともに流れ出ていく。走り終わった後の、あの爽快感。身体を動かすことの、純粋な喜び。

これが、「動物的・肉体的モード」の復権だった。

【食事: 発酵と自然のリズムへの回帰】

食事も変えた。まず、発酵食品を意識的に摂るようにした。漢方医として、腸内環境の重要性は知っていたが、それを実践に移した。

豆乳ヨーグルトを、自分で作り始めた。毎日、それを食べる。小さな習慣だが、「自分の健康を、自分で作る」という実感があった。

間食も変えた。甘いお菓子を控え、ナッツに変えた。これも、小さな変化だが、血糖値の乱高下を防ぎ、安定したエネルギーをもたらした。

そして何より、食事の時間を規則的にした。以前は22時過ぎだった夕食を、19時に食べるようにした。これは、生活全体のリズムを変える必要があった。仕事を切り上げる時刻、帰宅する時刻、すべてを見直した。

【睡眠: 7時間と朝日のルーチン】

睡眠も、6時間から7時間に増やした。これは、単に「長く寝る」だけではなく、生活全体の再設計を意味した。

23時に就寝し、6時に起床する。そして、起床後のルーチンを作った。朝、太陽の光を浴びながら、軽い体操をする。これを、毎日続けた。

太陽の光が、概日リズムを整える。朝の体操が、身体を目覚めさせる。このシンプルなルーチンが、一日の質を変えた。

【体感した変化: 身体が応えてくれた】

養生を始めて、どのくらいで効果を実感したか? 正直に言えば、最初の1ヶ月は、「本当に意味があるのか?」と疑った。しかし、2ヶ月、3ヶ月と続けるうちに、変化は明確になってきた。

まず、疲れにくくなった。以前は、夕方になると集中力が切れ、診察が苦痛だったが、それがなくなった。

気分が安定した。イライラや焦りが減り、穏やかさが増した。患者さんに対しても、より丁寧に、優しく接することができるようになった。

そして、1年後。体重が5kg減った。以前はきつかったベルトが、楽になった。身体が、本来あるべき状態に戻っていく感覚があった。

最も重要なこと。尿管結石は、再発していない。あれから15年、一度も再発していない。

患者さんに「養生が大切です」と説いていた私は、初めて、養生の本当の力を体感した。知識と体験の間には、深い溝があったのだ。

5. 対話の変容 ── 患者さんとの新しい関係

養生を実践し始めてから、私の診察は変わった。

以前は、漢方治療が中心だった。「この病態には、この処方」。私は、漢方薬で患者さんを「良くする」ことに注力していた。養生についても話してはいたが、それは二次的なアドバイスに過ぎなかった。

しかし、自分が養生を実践してみて、わかったことがある。

養生は、容易ではない。

運動を始めるのは、簡単ではない。食事を変えるのは、習慣との戦いだ。睡眠時間を確保するのは、生活全体の再設計を要する。

だから、私は変わった。養生ができない患者さんに対して、以前よりも優しくなった。「できていないこと」を責めるのではなく、「どうすればできるか」を一緒に考えるようになった。

そして、患者さんが実践している養生に、心から興味が湧くようになった。「どんな運動をされていますか?」「食事で工夫していることは?」積極的に問いかけるようになった。

すると、驚くべきことが起こった。

きちんと養生に取り組んでいる患者さんは、漢方治療の効果が圧倒的に良かった。

例えば、40代の女性。最初は、運動がまったくできなかった。しかし、私がハーフマラソンを完走したという話に触発されて、運動を始めた。すると、長年悩んでいた冷えと浮腫が、驚くほど改善した。漢方薬だけでは、効果が不十分だった症状が、養生との組み合わせで、劇的に変わった。

逆に、養生を怠る患者さんは、漢方の効果が限定的だった。一時的に良くなっても、すぐに元の状態に戻ってしまう。

私は、気づいた。

漢方薬で半分くらい良くなれば、後は、養生を実践しているうちに、1年くらいですっかり良くなる。
漢方だけで完全に良くしようとしても、それには限界がある。

これは、この連載で語った「因果と目的の調和」(※)そのものだった。

(※番外編5「因果と目的の調和」参照)

漢方は「因果」を治す。症状の原因(気血水の乱れ)を正す。しかし、それだけでは不十分だ。患者さん自身が「どう生きたいか」という「目的」を持ち、養生を実践することで、初めて真の治癒が起こる。

医師の役割は、「治す」ことではなく、「患者さんが自分で治る力を引き出す」ことなのだと、私は改めて理解した。

そして、患者さんからは、こう言われるようになった。「先生、いつまでも変わらず、若いですね」。

これは、私にとって最高の褒め言葉だった。なぜなら、それは私が養生を実践している証明だったから。言葉だけでなく、存在そのもので、養生の力を示しているのだと感じた。

6. 診察室から著書へ ── 智慧の体系化

養生の実践を通じて、私の治療哲学は根本から変わった。そして、診察室で毎日、患者さんに話していることを、もっと多くの人に届けたいと思うようになった。

私が診察できる患者さんは、限られている。しかし、世の中には、心身の不調で苦しんでいる人が、もっとたくさんいる。「検査に異常なし」と言われ、途方に暮れている人たちが。

そして、何より、養生に取り組む人を、もっと増やしたいと思った。

漢方治療だけでは限界がある。患者さん自身が、養生を実践してこそ、本当の健康が手に入る。それを、私は自分の身体で証明した。この体験を、多くの人と共有したかった。

そうして、尿管結石になってから8年後に生まれたのが、著書『病気はチャンス 治る力を引き出す漢方』だった。

この本には、30年以上の臨床経験が詰まっている。しかし、それ以上に、私自身の失敗と回復の体験が込められている。

「病気はチャンス」。

この言葉は、単なる励ましではない。私自身が、50歳の尿管結石を通じて、より深い医療、より豊かな人生へと進化した。この実体験に基づく真実なのだ。

著書の中で、私は語っている:

  • 心身一如の漢方医学: 心と身体を切り離さず、全体として診る視点
  • 気血水の理論: 自分の体質(証)を知るための枠組み
  • 養生の実践: 運動、食事、睡眠の具体的方法
  • 意識変革: 病気を敵ではなく、メッセージとして受け取る姿勢
  • 統合医療: 西洋医学と東洋医学の協働

そして、この本を読んだ患者さんたちが、変わっていった。養生を実践する人が増え、治療効果が上がり、再発が減った。

診察室での対話が、本という形で体系化され、より多くの人の人生を変えていく。これは、医師としての私にとって、最大の喜びだった。

 

第三部: 希望 ── 二つの書が導く、あなたの道

7. 哲学と実践の二重螺旋

ここまで読んでくださったあなたは、気づかれたかもしれない。

私には、二つの書がある。

一つは、この連載『心身一如の生命学』。そしてもう一つが、著書『病気はチャンス』。

この二つは、どういう関係にあるのか?

それは、DNAの二重螺旋のように、互いを支え合い、より高次の生命体を形成している

ブログ連載『心身一如の生命学』は、「なぜ?」への答えだ。

なぜ私は、尿管結石になったのか? なぜ現代人は、心身の不調に苦しむのか? なぜ「心身一如」が重要なのか?

この連載で、私は探求してきた:

  • 人間存在の三つのモード(動物的/超越的/人間的)
  • 文明と近代化が生んだ心身の分断
  • 西洋医学の機械的思考の光と影
  • 38億年の生命が培ってきた「カオスの縁」という智慧
  • 自律性、因果と目的、生命の智慧という希望

これらは、哲学的基盤だ。「なぜ養生が必要なのか」「なぜ漢方が効くのか」の深い理解を与える。

著書『病気はチャンス』は、「どうやって?」への答えだ。

では、具体的にどうすればいいのか? 自分の体質(証)をどう知るのか? 養生をどう実践するのか? 漢方薬をどう選ぶのか? 意識をどう変えるのか?

著書では、実践の具体的方法を詳述している。セルフチェック、養生法、処方の選び方、日々のケア。明日から実践できる知識と技術。

両者の対応関係を見てみよう:

ブログ『心身一如の生命学』(哲学) 著書『病気はチャンス』(実践)
三つのモードの調和 気血水のバランス調整
動物的モードの軽視 気虚・血虚・腎虚の治療と養生
精神的モードの抑圧 気鬱・瘀血・水滞の治療と養生
カオスの縁(動的平衡) 証の変化への柔軟な対応
生命の智慧 未病治療、セルフチェック
自律性の回復 養生の実践、自己管理能力
因果と目的の統合 漢方治療+養生+意識変革

 

見ていただけるだろうか? ブログの哲学的概念が、著書の実践と、完全に対応している

哲学だけでは、空理空論になる。実践だけでは、継続が困難になる。両者が揃って初めて、本当の変容が起こる。

これは、まさに「心身一如」そのものだ。心(哲学)と身体(実践)が、一つになって、初めて健康と幸せが実現する。

8. あなたは、どこから始めますか?

では、あなたは、どこから始めるべきだろうか?

読者の状況によって、最適な学習経路は異なる。以下、三つのパターンを提示したい。

【パターンA: もしあなたが、心身の不調で苦しんでいるなら】

まず、著書『病気はチャンス』から始めることをお勧めする。

今すぐ実践できる具体的な方法が、そこにある。セルフチェックで自分の体質(証)を知り、養生法を実践し、必要なら漢方薬を試してみる。

そして、実践を通じて、「なぜこれが効くのだろう?」という疑問が湧いてきたら、このブログ連載『心身一如の生命学』を読んでほしい。哲学的理解が深まることで、実践への確信が強まり、継続が楽になる。

【パターンB: もしあなたが、漢方や未病を学んでいるなら】

ブログと著書を、並行して読むことをお勧めする。

専門家として、あるいは専門家を目指す者として、理論と実践の統合的理解が必要だ。ブログで哲学的基盤を固め、著書で実践技術を磨く。この両輪があってこそ、患者さんに、深みのある支援ができる。

そして、気づくだろう。漢方医学は、単なる「代替医療」ではなく、生命哲学そのものであることに。

【パターンC: もしあなたが、人生の意味を問うているなら】

まず、このブログ連載『心身一如の生命学』を、最初から読んでほしい。

現代社会の構造的問題、心身分断の歴史的背景、生命の智慧という希望。これらの哲学的理解が、あなたの世界観を変えるだろう。

そして、「では、私はどう生きるべきか?」という問いが生まれたら、著書『病気はチャンス』を手に取ってほしい。哲学を、日々の実践へと落とし込む方法が、そこにある。

知的確信に基づく実践こそが、最も持続可能で、最も変容力の強い生き方だ。

【学習の螺旋】

どのパターンを選んでも、最終的には、螺旋的に深化していく。

著書で実践 → 効果体感 → ブログで哲学理解 → より深い実践
   ↓
ブログで哲学 → 著書で実践 → 体験を通じた理解 → さらなる探求
   ↓
両方を往復しながら、理解と実践が螺旋階段を上るように深まっていく

これが、「生涯学習」の本質だ。知識を得て終わりではなく、実践し、体験し、また学び直す。この螺旋が、人を成長させる。

 

エピローグ: 病気は、本当にチャンスです

あれから15年が経った。

2010年6月10日の朝、あの激痛で目覚めた日から、私の人生は変わった。

尿管結石は、再発していない。今、私は65歳。心身ともに、良好だ。患者さんからは、「いつまでも若いですね」と言われるが、年相応の変化は感じている。

養生は、継続している。ジョギングは卒業し、今は早歩きの散歩を週に2〜3回。夕食は19時。外食は月に1回程度。豆乳ヨーグルトは、今も作って毎日食べている。23時に寝て、6時に起きる。朝のルーチン――太陽の光を浴びながら、軽い体操をする――は、15年間、ほぼ毎日続けている。

継続のコツは? 自分が気持ちいいことをする。これに尽きる。義務感だけでは続かない。でも、「あ、これは気持ちいい」と身体が感じることは、自然と続く。

そして、もう一つ。患者さんや受講生に、養生の大切さを話している。だから、自分がやっていないと説得力がない。この「良い意味でのプレッシャー」が、私を支えてくれている。

仕事と健康のバランスは? 53歳の時、私は千葉大学を離れ、辻仲病院柏の葉に転職した。そこで、漢方未病治療センターを立ち上げ、センター長となった。しかし、大学時代の反省を活かし、週4日勤務、週3日休みという働き方を選んだ。

研究は、やめた。教育は、学生教育から生涯教育へとシフトした。そして2021年、一般社団法人漢方未病教育振興協会を設立し、理事長に就任した。専門家育成の教育は忙しいが、外来時間を減らしているので、大学時代に比べれば、余裕を持って仕事ができている。

「生涯現役」という理想は? 今でも、変わらない。人生の最期まで、価値あることに従事し、生きがいを感じながら過ごすことができれば、本当に幸せだと思う。

ただし、その「生涯現役」の意味が、変わった。

以前は、「どれだけ多く働けるか」だった。しかし今は、「どれだけ深く、意味のある仕事ができるか」だ。量ではなく、質。忙しさではなく、充実。

そして、何より。自分の心身を大切にしながら、人に貢献する。これが、本当の「生涯現役」なのだと、今は理解している。

 

振り返れば、50歳の尿管結石は、私にとって最大の贈り物だった。

あの痛みがなければ、私は変わらなかっただろう。ワークライフバランスの崩壊に気づかず、いつか、もっと深刻な病気になっていたかもしれない。

あの痛みがあったからこそ、私は養生を実践した。患者さんとの対話が変わった。治療哲学が深まった。著書が生まれた。このブログ連載が生まれた。

そして今、多くの患者さん、受講生、読者の方々の人生が、少しでも良い方向に変わっているなら――それは、あの朝の激痛から始まった、一連の変容の結果なのだ。

病気は、身体からのメッセージです。

それは、「今のままではいけない」という、生命の智慧からの呼びかけです。怒りではなく、愛情をもった、呼びかけです。

もし今、あなたが心身の不調に苦しんでいるなら。
もし今、あなたが人生の壁にぶつかっているなら。

それは、チャンスです。

より健康に、より幸せに、より深く生きるための。

私が証明しました。50歳の尿管結石から、ハーフマラソン完走へ。ワークライフバランスの崩壊から、週3日休む働き方へ。心身分断から、心身一如の実践へ。

そして今度は、あなたの番です。

 

次の一歩のために

あなたの健康と幸せへの旅が、今ここから始まりますように。

 

文責: 喜多敏明 / 一般社団法人漢方未病教育振興協会 理事長 / 辻仲病院柏の葉 漢方未病治療センター長

 

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